映画とは真実を弄ぶ行為だ――松岡茉優&窪田正孝の胸に刻まれた、石井裕也監督の“言葉”【「愛にイナズマ」インタビュー】
2023年10月27日 18:00

「月」や「茜色に焼かれる」など、世間に置き去りにされた者たちや、社会の片隅で奮闘する者たちの怒りや哀しみ、声なき声を拾い上げ、映画に昇華させてきた石井裕也監督。コロナ禍、そしてアフターコロナの社会を痛快に切り取った最新作「愛にイナズマ」が10月27日より公開される。
タイトルからして刺激的な本作で主演を果たし、石井組に初めて参加したのが松岡茉優と窪田正孝だ。
大人たちの悪意によって、理不尽に夢を奪われた映画監督の花子と、彼女と運命的な出会いを果たし、心を通い合わせる正夫を演じている。日本映画に欠かせない存在とも言える2人だが、意外にも本作が初共演。互いの印象から石井組の現場、そして佐藤浩市、池松壮亮、若葉竜也という実力派の共演陣を迎えて撮影された家族のドラマについてなど、たっぷりと語り合った。(取材・文/黒豆直樹、撮影/間庭裕基)

「やっと会えた!」という気持ちが、私自身はもちろん、花子としても、すごく印象的な出会いで。正夫さんが赤い自転車に乗って現れるんです。よく「日常を演じるのが一番難しい」と言いますが、正夫さんはあの街の景色の中に溶け込んでいて、窪田正孝さんだということを忘れてしまうくらい、ナチュラルに自転車をこいで登場されたんです。
景色に溶け込んでいても、花子にとっては“オンリーワン”な存在で、「私だけが見つけたんだ!」という気持ちがかき立てられて、とても印象的な初対面でした。

全体を通して、それは感じたし、最後のシーンの彼女の顔を見た時に、次のステージに行ったのをすごく感じたんですよね。花子の成長というか、心の中に新しい“色”が生まれたのかなと。正夫もそれはあるし、2人が一緒にいたからこそなんだろうけど「人を変えるのは人なんだ」というのを感じたし、その役割を担ってくれたなと思います。



嬉しかったのは、撮影2日目、ヘアメイクの豊川京子さんが「なんかさ、もう1カ月くらい一緒にやった感じするよね?」と言ってくださったんです。昨日、インしたばかりなのに。京子さんのように、石井監督の作品に長く参加されてきたスタッフさんも多い中で、石井組と認めてもらえたような気がして、とても嬉しかったです。

映画というエンタテインメントだからハッピーに描ける部分もあるんだけど、石井さんは簡単にそうしない。この映画もそうで、単なるハッピーで終わらせず、その上で「それでも人は生きていかなくちゃいけない」というところにフォーカスしているので、あの家族の形もぐちゃぐちゃなんだけど、本音でしゃべってるんですよね。メチャクチャ仲悪いんだけど、だからこそ出てくる本音の言葉がある。
僕は役柄上、家族の一員ではなく傍から見ていたんですけど、浩市さんがキレるのを見て「あぁ、似た者家族なんだな」って思っていました(笑)。
ただ、ヨソ者の正夫がいることで、ケンカにならない部分もあって、他人がいるから気を遣うんですよね、みんな。家に他人がいることで流れる、ちょっと違う面白みを石井さんがちゃんと映画の中に収めてくれたなと思います。

携帯ショップのシーンとかもよく考えたらおかしいんですけど、石井さんには「正夫の存在の仕方で全てが決まるから」と言われたし、むしろそれしか言われず、すごいハードルの上げ方だったんですけど(苦笑)。


花子はさんざん、虐げられた挙句に家族の元に戻るんですけど、その時「言いたいことが言える!」という気持ちが生まれました。それは、いままでの苦しみや、正夫さんと雨の中で交わした「負けません」という誓いを先に撮れていたことがやはり大きかったです。
家族ってどうしても不思議な存在で、家族への思いってさまざまだと思うんですけど、どんな形であれ、どんな思いや距離を抱えていたとしても、血縁者というのは存在してるわけで、どこかで繋がっちゃってるのかな……というのが、完成したこの作品を試写で観て思ったことでした。

それも含めて、いろんな枠を壊してくれる作品だなというのは映画を観て感じました。石井さんに言われた「映画とは真実を弄ぶ行為だ」という言葉がすごく印象に残ってるんですけど……。
でも、映画の中にも『コロナって何だったんだろう?』というセリフが出てきますけど、数年が経って、社会は、自然とそれを忘れてしまうかも知れない。生きていく中で、どんどんなかったかのようにして、それも人間だと思うし、でも、石井さんはなかったことにできずにそれを映画というエンタテインメントでこれを描いたんだなという、その心意気を映画全体を通じて感じました。
家族ってやっぱり面白いし、石井さんのことが大好きで集まったあの家族のどこを切り取っても1枚の絵になっちゃう説得力があって、見応えのある映画だなと思いました。

(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
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