【インタビュー】安藤サクラ×原田眞人監督 初タッグで感じた刺激と魂のキャッチボール
2023年10月7日 12:00
原田眞人監督と安藤サクラ。この組み合わせに心惹かれる人は多いのではないだろうか。2人を結びつけたのは、9月29日公開の映画「BAD LANDS バッド・ランズ」。2015年に出版された黒川博行の小説「勁草」の映画化だ。映画では主人公を女性に変更、原田監督は「生きにくい」を「生き抜く」というテーマを安藤サクラの演じるネリに託し、映画「BAD LANDS バッド・ランズ」は生まれた。(取材・文/新谷里映、写真・間庭裕基)
小説が出てすぐに「この作品を映画化したい」と興味を持ったという原田監督。しかし映画化権は他へ渡り、権利を得るまでに歳月を費やすことに。6年後、好機が来る。原作の黒川氏は、原田監督の名前を聞いて「一も二もなく映画化に同意した」と映画化を快諾。原作との出会いも主演俳優との出会いも含めて、「すべての歯車がはまった作品だ」と原田監督は言う。
「小説を読んだ時から主人公は女性がいいなと思っていました。読んですぐに、自分だったらこんなふうに撮りたいと脚本を書いていましたね。そして、安藤サクラという俳優が入ってくれた。ジョー役の山田涼介とのケミストリーもすごく良くて。リハーサル時、2人の芝居を見ていたら、そこからどんどん新しい発想が出てくる。準備段階で安藤さんが産み落としたものを、どうネリに注入していくのかを考える。それはとても刺激的(な作業)でした」
俳優と役柄がぴたりと重なる。その背景には、脚本と役柄を俳優がどう咀嚼するのかも左右する。安藤はネリ役のオファーを受け、台本を手にし、驚くほどの時間をかけて咀嚼した。
「初見で、8時間以上かかりましたね。原田監督の脚本には、いろいろなことが明確に書かれていますが、(特殊詐欺の実態など)自分の知らない世界というのもあって、それらを咀嚼して、自分のなかに落とし込んで、イメージを立体化させるのに時間はかかりました。監督と初めて会う日、そのイメージを伝えました。また、私の演じるネリは主人公ではあるけれど、印象に残らず存在している主人公でありたい。でも、観終わった時には、ネリの存在感が観客の心のなかに残るような主人公でもありたいと思いました」
そんな安藤の取り組み方について原田監督はある大女優になぞらえる。
「8時間以上かけて初見で読むというのは、本当に嬉しいことです。フランスにサラ・ベルナールという伝説の大女優がいて、彼女が舞台をやるときは最低でも150日の稽古が必要だったという逸話がある。安藤さんの8時間という取り組みは、それに匹敵する」
原田監督が安藤を見る眼差しは何ともあたたかく、この日、取材部屋に安藤が入って来たときも柔らかな笑みで迎えた。相手の心を瞬時に解きほぐす人間力、それも彼女の魅力だ。原田組の撮影現場について安藤は「とても刺激的だった」「監督をはじめスタッフみんなからの愛を感じていた」と懐かしそうに語る。しかしながら、実際に会う前の印象は違った。「監督を前にすると言いにくいなあ」と、はにかみながら話をすすめる。
「原田組に関わる前は、(作品の重厚さという意味も含めて)重苦しいイメージがありました。作品への情熱があまりにも大きくて重くて、その情熱が苦しみの摩擦として描かれているような。でも、実際にご一緒してみて(その摩擦は)とても刺激的でしたし、何より原田監督の演出の軽やかさに驚かされた。作品に対してここまで揺るがないものを持っていて、揺るがないからこそ現場での演出が軽やかで。それがとても心地よくて、とても格好いい」
「キャッチボールは上手くいったよね」と原田監督も撮影をふり返る。
「この映画で安藤サクラを見た人は、これまでの安藤サクラと違う、こんな安藤サクラ見たことがないという感覚になると思う。そう感じるシーンはたくさんあるけれど、たとえばジョーと訪れる賭場で、負けが込むネリにジョーが『流れのないときは見(けん)してろ』と言う、その時の表情は『すごくネリだな』と思う表情だった。ジョーとのシーンも、高城とのシーンも、ネリだなと思う瞬間は何度もありましたね」
山田涼介との相性についても「気持ちのいいカップル(姉弟)」だと絶賛する。原田監督作としては「燃えよ剣」に続いて二度目となる山田。彼のアドリブ力に感動したという安藤は「リハーサルで出てくるものを活かしていく彼のパワーがめちゃくちゃ楽しかった」と声を弾ませ、原田監督は撮影時のエピソードとして、思わぬミスもOKに変えてしまう安藤のパワーについて語る。
「ネリがスピリタス(映画のなかで印象的に登場するウォッカ)を落とすシーンがあるけれど、それは安藤さんが(撮影時に)びっくりして思わず瓶を落としてしまったカットを使っているんです。(本来ならNGになるかもしれないカットであるのに)安藤さんは、瓶を落としてしまった後、次のセリフまでに間を入れた。結果として、その後に続くシーンの流れにあう形になったので、よくぞミスしてくれたと。そのシーンにも言えることだけれど、自分が考えているネリよりも安藤さんが演じているネリが面白い。だから(監督として)それを活かすには、何を足せばいいのかが重要で。引き算はなかったですね」
見たことのない安藤サクラのなかには、ネリの身のこなしやアクションも含まれる。「ネリを演じているとき、身体がとても軽かった。自分の身体が持っている能力を出してくれる役だった」と、ネリの身体的役づくりについて安藤は説明する。
「取って付けたようなアクションにはしたくなくて。どうしたら人間くさいというか、キャラクターのイメージを馴染ませたアクションにできるだろうかと考えました。ネリの動きでいうと、『トレーニングをしているネリ』というト書きからは、マシンを使った筋トレはイメージできなくて……。それでクランクイン前にネリの部屋に行ってみたんです。その部屋を見て、ネリは直線的ではない動き、柔軟性のある動きだと感じた。マシンより鴨居を使うほうがネリっぽいなと。鴨居で懸垂する動画を撮って、原田監督に送りました(笑)」
もちろん、鴨居での筋トレは採用。原田監督は安藤を「思考力のあるスター」だと愛情を込めて讃える。
「そういうアイデアが俳優から出てくることが嬉しいんです。思考力のあるスターから刺激をもらうことで、こちらもそれ以上に何ができるか思考する、一緒に戦っている感覚がありました。魂のキャッチボールがうまくいっている、撮影しながらそれは常に感じていたことです」
原田眞人監督と安藤サクラが互いに感じていた「刺激」と「魂のキャッチボール」は、映画「BAD LANDS バッド・ランズ」としてスクリーンに放たれる。
この映画は、特殊詐欺に荷担するネリと弟のジョーが、思いがけず億を超える大金を手にし、危険な地から逃れようともがく物語であり、持たざる者たちが、ネリに未来を託していく物語でもある。「印象に残らない主人公でありつつも存在感が心に残るようなネリでありたい」という安藤サクラの言葉どおり、スクリーンで目にするネリの姿は、生きざまは、ずっと記憶に残り続けるだろう。
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