【「小説家の映画」評論】モノクロと会話と“想像”のあいだにあるもの
2023年7月2日 15:30

モノクロームの映画が主流だった1930年代まで、映画に色がついていないことは技術的な問題に依るところが大きかった。それゆえ、白と黒のグラデーション、或いは、陰影といった映像表現には演出意図があったのである。やがて、カラーによる映画のフィルム処理技術が1930年代半ばに開発・確立されたことで、色彩を表現することにも意図が生まれてゆく。それは、日本で<総天然色>と呼ばれたように、モノクロ映画との差別化を図る特別なものだったという経緯がある。
「小説家の映画」(2022)は、執筆から遠ざかっていた作家が、引退同然だった人気女優と意気投合して映画製作に挑戦するという物語。モノクロ作品として製作されているのが、この映画の特徴だ。カラー映画全盛の時代に製作された「お熱いのがお好き」(1959)や「サイコ」(1960)が、モノクロ映画だったことに意図があったように、2020年代に(あえて)モノクロという手法を選択することにも意図がある。重要なのは、今作がモノクロで撮影された映画ではなく、カラーで撮影した映像をモノクロに変換した映画である点だろう。
この映画のモノクロ映像は、お世辞にも「美麗」だとは言い難い。白と黒とのコントラストが極端で、粗い映像であるような印象を与えている。前述のような白と黒によるグラデーションや陰影といった表現が、映像に活かされていないのだ。勿論、そこにホン・サンス監督の意図が介在していることは言うまでもない。これまでも「オー!スジョン」(2000)や「次の朝は他人」(2011)、或いは、「イントロダクション」(2021)や、今作のキム・ミニ、クォン・ヘヒョなど(複数の同じ俳優)が出演している「それから」(2018)などでも、ホン・サンス監督は度々モノクロという手法を選択してきたからだ。
映像がモノクロであることで、観客は自ずと脳裏で色彩を想像するようになる。だが、映像から削ぎ落とされた情報は色彩だけではない。「小説家の映画」に限らず、ホン・サンス監督の作品では往々にして状況の説明も最小限に削ぎ落とされている。そのため、観客は登場人物たちの会話から、彼らの相関関係を推し量ってゆくようになるのだ。今作においては、観客が色彩を想像することと、劇中の人間関係(過去の出来事)を会話(言葉)から想像することとを、限りなく情報を削ぎ落とすことで、そのメカニズムを近似させていることを窺わせる。例えば、映画の冒頭。書店に入った主人公が、店内で罵り合う声を静聴しているショットは象徴的だ。この時、大きな声を上げている店主の姿が映し出されないため、わたしたち観客はその姿を“想像”するしかない。
映画監督である人物が劇中に登場する、或いは、映画の中で映画を製作する行為は、ホン・サンス監督の作家性を示す刻印のようなモチーフ。「虚構=映画」と「現実=映画の中の出来事」との境界線が曖昧なまま終幕する「小説家の映画」では、劇中の映画がどのようなものであったかさえも“想像”に委ねている。だが、誰もが気づく手法によってモノクロを選択した意図を悟った時、色彩を直接表現するのではなく、“想像”することが<映画なるもの>へ与える間接的な効果をも驚きを伴って感受するのである。
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