【「コンパートメント No.6」評論】“ハイスタ・ヴィットゥ”=“くたばれ”は、愛の言葉
2023年2月12日 08:30

ロキシー・ミュージックの「恋はドラッグ」が部屋の中で流れ、客人たちは「人間同士の触れ合いは、いつも部分的にすぎない」というマリリン・モンローの格言を語る。列車に偶然乗り合わせた男女の旅を描いた「コンパートメントNo.6」の冒頭には、“物語”、或いは、“旅”の行く末を予見させるような示唆的なモチーフに溢れている。また、タイトルにある“コンパートメント”=“客車”は、ユホ・クオスマネン監督が第66回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でグランプリを受賞した前作「オリ・マキの人生で最も幸せな日」(2016)でも、オープニングを飾っている重要なモチーフ。フィンランド人の学生ラウラ(セイディ・ハーラ)は、寝台列車で同室になったロシア人の労働者リョーハ(ユーリー・ボリソフ)の粗野な態度が気に入らないでいる。彼らの出会いは、最悪の状態で始まるのである。
正反対の性格を持ったふたりが、いがみ合いながらも旅を共にすることで相互理解を深めてゆくという物語構成。「コンパートメントNo.6」でも踏襲されている斯様な構成の映画は、これまで幾度となく製作されてきたという歴史がある。例えば、「スケアクロウ」(1973)など<アメリカン・ニューシネマ>の作品群は、後に<ロードムービー>というジャンルにおける源流のひとつになったと評された経緯もある。さらに、偶然出会った性格の異なる男女がいがみ合いながらも、やがて恋に落ちてゆく姿を描いた<ラブ・コメディ>というジャンルもある。例えば、「恋人たちの予感」(1989)などはその代表格だろう。これらの特徴は、1930年代にハリウッドで量産された<スクリューボール・コメディ>というジャンルにも遡ることができる。第7回アカデミー賞で作品賞ほか主要5部門を制した「或る夜の出来事」(1934)の夜行バスという設定を寝台列車に置き換えれば、「コンパートメントNo.6」には類似点があることを指摘できる。とどのつまり、いがみ合うラウラとリョーハがやがて恋に落ちるであろうことを、観客は物語が転がり始めるのと同時に何となく察知している点が重要なのである。そういう意味で、この映画はお互いが恋慕を抱くようになるプロセスを描いた<恋愛映画>であり、ふたりの旅を描いた<ロードムービー>でもあるというわけなのだ。
もうひとつ重要なのは、モスクワに留学中のラウラが、リョーハにとって外国人であるという点。相手を理解しようとする姿勢は、男女の恋愛感情だけに留まらず、異なる風習や文化、そして、異なる言語を持つ相手に対する相互理解へと繋がってゆくからだ。それゆえ、“くたばれ”=“ハイスタ・ヴィットゥ”という言葉は、幸せな誤解に包まれながら自然と愛の言葉へ変換されてゆくのである。そこに横たわるのは、不寛容とされる国際的な世情における、国籍や民族、ジェンダーや職業といった、個人のバックグラウンドを無縁なものにさせる寛容さにほかならない。斯様なメタファーは、記憶の装置としてのビデオテープ(ビデオカメラ)とペトログリフ(岩面彫刻)との対比、或いは、列車が走るレールと人生の軌跡とを対比させるなど、作品の隅々に散りばめられている。映画の中盤では、客室に誘った男性が「フォー・ウェディング」(1994)の主題歌にもなった「愛にすべてを」をギターで奏でるが、ここではラウラの恋や愛に対する視野が変化していることをも示唆させている。なぜならば、歌の原題「LOVE IS ALL AROUND」は「愛はいたるところにある」という意味になるからだ。(松崎健夫)
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