香川京子、溝口健二監督「近松物語」を語る 小津、黒澤にも愛された名女優
2023年2月7日 15:00
現在開催中の「大映4K映画祭」(角川シネマ有楽町ほか劇場公開中、シネマ映画.comで連動企画配信中)で、2月5日の溝口健二監督「近松物語」4K版の上映後、ヒロインを演じた香川京子がトークイベントに出席した。
本作で香川が演じる役柄は、当初は(ヒロインの)おさん役ではなく、南田洋子が演じたお玉の役のはずだったという。ベネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した溝口監督の「山椒大夫」に出演し、ベネチアからの帰国時に「帰国したら空港に(大映の)永田雅一社長がお迎えに来てくださっていて『君がお玉を演じることになった』とお話があり、それから1週間後に京都で撮影でした。何しろ京言葉も初めてですし、裾を引いて着物で歩くのも初めて、人妻役も初めてで、本当にどうしようかと…。母親役の浪花千栄子さん(NHK朝ドラ「おちょやん」のモデル)に京言葉の指導もして頂きました。浪花さんは当時嵐山で旅館を経営されていて、そこから撮影所に通っていました。着物も慣れないと裾が絡まって歩けないので、衣装部さんから衣装を借りてきて旅館で歩く練習もしました」とキャスティングのいきさつを振り返る。
溝口監督は演技指導を一切しない監督だったそうで、「当時はなにも分からず、周りも見えておらず、なかなか大変でした。長谷川一夫さん演じる茂兵衛に『なんで私を置いて逃げたのか』と迫るシーンは何度やってもカメラを回して頂けなく、疲れてしまって胸を打つほど激しく転んでしまったんです。その時に(演技が)うまくできない悲しみとおさんの悲しみが同時に湧き上がって、その勢いで茂兵衛に迫っていったら『本番行こう』となったんです。芝居って不思議だなと思いました。芝居というのは、自分の番が来たからセリフを言うのではなく、相手の動きに反射して初めて自分の言葉や動きが出てくるのだと…。溝口監督にはそれを教えて頂きました」とテイクを重ねて学んだことを明かす。
「『役の気持ちでいれば、自然にその役の演技ができる』と仰るのですが、当時はそれも理解できていませんでした。あのシーンではとにかく一生懸命やらなきゃいけないという気持ちと、茂平についていくしかないという(役の)おさんの気持ちがひとつになったのかなと思います。監督さんが常々おっしゃっていた『反射してますか?』というのが、後の黒澤組でも役立ったんです。黒澤組は常に緊張感を持って“反射”してなければいけない。いまでも“反射”は忘れません。1番大事なことなんだなと思います」と述懐した。
本作のほか、何度も共演した長谷川一夫については、「時代劇が多く、京都の大映撮影所でご一緒させて頂きましたが、とても優しい方でした。周りから色気がないと言われていましたが、長谷川さんが『手の動きをこうしたらいいよ』とか細かいことを教えてくださいました。『近松物語』では長谷川さんが全部受けとめてくださるので、ありがたかったです。長谷川さんは照明の指示をするくらい本当にいつもお芝居のことを考えられていて、ほかの作品ではなるべく私の身体を触らないように腰を抱いて移動させたりすることもありました。あれは長谷川さんでなければできなかったのではないかと思います」と、丁寧な気遣いやアドバイスを受けた。
大映の専属女優ではなく、映画会社の垣根を超え、溝口監督のほか、小津安二郎、黒澤明と日本映画史を代表する錚々たる監督たちの作品で活躍した香川。「帝国ホテルで永田社長にご馳走になったときに『大映の専属にならないか』と言われたんですが、ずっとフリーでやってきたのでお断りしました。ただ私は自分から『この役をやりたい』と言ったことは一度もないんです。どうして立派な監督の作品に出られたか…自分でもさっぱりわからないんです」と謙遜する。監督による演出方法の違いを問われると、「溝口監督は椅子に座っていて『ハイとにかくやってみて』と仰います。役者の動きを見た後にカメラ位置を決めるんです。一方、小津監督はカメラ位置が先に決まっていて、『ここにこういう順序で座って』というように具体的に指示してくださいます。監督さんによって演出方法は全然違いますね」と、当時の現場を懐かしんだ。