木村拓哉を武者震いさせる映画人たちの粋な心意気【「レジェンド&バタフライ」インタビュー】
2023年1月24日 18:00
木村拓哉が25年ぶりに織田信長を演じるというだけで大きな話題になった「レジェンド&バタフライ」だが、本編を観れば今作が一寸の隙もない意欲作であることを目の当たりにすることになる。観客は、これまでに目にしたことのない木村の姿を、そして信長の生き様を目撃するだろう。座長として文字通り撮影現場を牽引した木村を奮い立たせたものが何であったのか、話を聞いた。(取材・文/大塚史貴、写真/根田拓也)
映画製作において、とんとん拍子で物事が進むことなど滅多にない。だが、縁や巡り合わせが“機運”を呼び込むことがあるのも、また事実。1998年にドラマ「織田信長 天下を取ったバカ」で信長に扮した木村は、撮影後も49歳で生涯を終えたこの人物に強い思い入れを抱き続けてきた。
2014年にドラマ「宮本武蔵」に主演した際には、京都・太秦にある東映京都撮影所の職人たちの仕事に対して真摯に取り組む姿勢に感銘を受ける。一方で、撮影所の職人たちもまた、妥協を知らず寡黙に現場を引っ張る木村の姿に、かつて東映作品を彩った往年の銀幕スターの面影を重ねたようだ。木村は撮影を終え京都を離れる前に、撮影所の職人たちへ「次は信長で、ここに帰って来たい」と言い残したという。
それから7年を経た21年。奇しくも、本能寺の変で死を遂げた信長の年齢(数え年で49歳)と同じ49歳を迎える木村が再び信長を演じるため、稀代の脚本家・古沢良太が用意した完全オリジナルの脚本は、“政略結婚のために結ばれたふたり”というラブストーリーだった。“魔王”と呼ばれた信長も、最初から“魔王”だったわけではない。疾風怒濤の戦国時代を駆け抜けた信長と濃姫が、いかにして真の夫婦になっていったのかをドラマティックに描く、エポックメイキングな作品になった。
木村自身、今作で改めて信長に寄り添い、作品世界を生きてみて「魔王」「異端児」「風雲児」など、様々な顔を持つ信長に対して印象が変わることはあったのだろうか。
木村「25年前のドラマでは、サブタイトルに『天下を取ったバカ』と付いているんですが、いま思い返してみると天下を取っていないんですよね。ただ、その間違えが許されてしまうのが彼(信長)だと思うんです。今回改めてやらせていただいて、きっとすごく不安だったんじゃないかなと感じたんです。
濃姫と出会ったことによって、天下布武という彼の中にはなかった引き出しを授けられた。彼女に出会っていなかったら、自国を守るだけで幸せな人生だったんじゃないかな。そんな風に思います」
この企画のオファーを受け、大友啓史監督もまた、心を突き動かされた。これまでの監督作を見れば、妥協の対極にいる人物であることは誰の目にも明らか。製作サイドからは、東映創立70周年記念作ではあるが「過去を振り返るのではなく、新しい未来を作りあげるための“劇薬”になってほしい」と激烈なラブコールを受けたという。ならば、これほどうってつけの監督はいないだろう。
「龍馬伝」でNHK大河ドラマの新たな形を国民に提示し、「るろうに剣心」シリーズでは日本映画のアクションの在り方を鮮やかに刷新してみせた。そして「レジェンド&バタフライ」では、かつてない時代劇映画を構築することに果敢に挑んでみせた。
大友監督は21年、映画.comで「挑み続ける男 大友啓史10年の歩み」という短期連載を展開していた。NHK退局からの10年を、10週連続で1年ごとに振り返っていくという千本ノックのような集中連載の最終回、締め括りの言葉として以下のようなメッセージを残している。
「世の流れが配信に向かうのならば、僕はもう一度、映画の『原点』に戻ってみようかなと思っています」
この一文は、今作へ全て繋がってくるようにメッセージを込めたもの。大友監督の言う「映画の原点」とはすなわち、京都・太秦を指している。クランクイン前、信長ゆかりの地を訪ね歩くだけでなく、1926年から続く東映京都撮影所の歴史に触れるため、同所で撮影された映画約200本を鑑賞し、京都入りしている。
並々ならぬ覚悟を隠そうともしない木村と大友監督が真正面から相まみえれば、“山も動く”。
本編で、木村扮する信長が「随分と怖い顔におなりになったのう」と言われるシーンがある。“大友節”ともいえる画面のダイナミックさは、木村が体現してみせた信長の表情の変化を逃さずとらえており、家督を継ぎ当主になる前の16歳から本能寺の変を迎える49歳まで、実に多くの“顔”を見せていることにも気づかされる。なかでも、天下布武のため“魔王”と呼ばれるまでになり、徐々に心身のバランスを崩していくさまは目を離すことができない。
木村「監督の画風と言いましょうか、キャンバスがあったら隅から隅まで全部着色する描き方をしてくださっているんですよね。軍議の場であったり、彼(信長)と彼女(濃姫)の空間であったり、どのような空間にせよ、実は大気に色を付けているんです。
出演者の喉を痛めないスモークを開発してくれた凄いスタッフが現場にいるんですが、その方がセット中にブワーってスモークをまいて、アシスタントの方々がスモークの漂っていない状態を作り、均一化した瞬間に撮影監督が『はい、いくよ』って。そうすると、監督から『よーい!』という声が聞こえてくる。
監督は、そういうところまで楽しんでいる。そういう現場を目の当たりにして、本番中でも叫んでいる方なんで(笑)。たまに聞こえてくるんですよ。『いいねえ~!』って。絶対、音声に入っていると思うんですけどね。
監督の『OK!』を目指して、各部署が全力を出し切る毎日でした。監督は指示していないのに、誰もが『これだったら絶対に監督喜ぶだろう』って言いながら創意工夫している。脚本でいえば1ページに満たないようなシーンであっても、スタジオ中のレールを集めて、200メートルくらいのレールを敷いて『これ、1カットでいけますよ』って提案してみたり。そうすると、マスクずれずれの監督が『おお! うんうん』と喜んでくれるわけです(笑)」
「東映の70周年映画に相応しい場を」という大友監督のこだわりはロケ地にも反映され、全国31カ所での撮影を敢行しているが、重要文化財や国宝とされる場所がほとんど。比叡山延暦寺として、焼き討ちのシーンを撮影したのは、映画では初めて使われた国宝・朝光寺。さらに仁和寺(御室八十八ヶ所霊場)、泉涌寺、妙顕寺、彦根城、神護寺、明石城など枚挙にいとまがない。
そしてまた、「城の変遷」という観点から逃げていない点も特筆すべきポイントとして挙げておきたい。信長は人生で5度、城を変えている。小規模な平城の那古野城に始まり、清州城、小牧山城、岐阜城、そして豪華絢爛な安土城。映画では小牧山城以外すべての城が登場し、信長の威光が増していく行程が、そのまま城の変遷として表現されている。
オープンセットは、オープニングで登場する那古野城と岐阜城が作られた。那古野城は信長が生まれた場所であり、濃姫を迎え入れた城。敷地内には櫓が建てられ、濃姫を見ようと若き信長が櫓に登る姿が映し出される。一方、標高329メートルの金華山に造られた岐阜城の険しさを表現するため、大阪府島本町の岩壁に囲まれた斜面を使って建てた濃姫の居館、広間、廊下のオープンセットは、美術部の渾身の仕事といえる。
さらに、信長が南蛮の技を取り入れて造らせた安土城の天守、信長が最期を迎える本能寺奥座敷は、撮影所にセットが作られた。実はこのセットに、太秦の映画人たちの粋な計らいを象徴するような仕掛けがなされている。
本能寺で信長が最期を迎える撮影を終えると、奥座敷があった場所には入れ替わるように安土城の濃姫の居室のセットが作られた。ふたりの最後の場所が同じ場所に作られたことに気づいた木村は、現場で大きな感銘を受けていたという。一事が万事、このような心意気をこれ見よがしではなく、どこまでもさりげなく提示してくることが、今作に関わる映画人たちの“粋人”たる所以とでも言おうか……。
昨年11月6日に岐阜県で開催された「岐阜市産業・農業祭~ぎふ信長まつり~」の「信長公騎馬武者行列」に木村と共演の伊藤英明が参加したことは記憶に新しい。観覧定員1万5000人に対し、約64倍となる96万6000人超の応募が寄せられるなど、連日報道されるほど注目されたが、撮影後であっても映画人たちの“心意気”は薄まることがなかったことを、木村が饒舌に明かしてくれた。
木村「岐阜まで、撮影でお世話になった衣装さん、メイクさん、小道具さん、撮影で自分がまたがせてもらった馬まで京都から駆けつけてくれたんです。現場で見ていて常々感じていたのは、皆さんのお仕事の根っこにあるのは『どの部署も好きでやっている』ということなんです。
撮影が終わって、監督が初号の編集を終わらせて我々に作品を観させてくださった。ひと区切りついたような空気はあったのですが、岐阜の武者行列のおかげで皆さんと再会させていただく機会に恵まれたんです。各部署のチーフクラスの方々が皆さん、来てくださったので、ちょっと照れ隠しで『なんで来てくださったんですか?』と聞いたんです。
この照れ隠しの言葉が、皆さんの発射ボタンを押してしまったらしいんですが(笑)、口を揃えて『いや、好きなんで』って言ってくれたことが、より自分を突き動かしてくれました。大ベテランの方々が『現場が好きなんで』『人として会いたかったから』とか、皆さんの照れ隠しが入っているんですが、木村拓哉ではなく『殿に会いたかった』という言い方をしてくれる。そういう映画人の皆さんがいるから、僕はあの京都の撮影所が好きなんだと思います。
良いものを作りたいというシンプルな欲求が溢れているので、自分もあそこへ行くとものすごくワクワクする。比較するつもりは全くありませんが、自分は普段、江戸をホームで仕事をさせてもらっていますが、江戸ではあまり感じられない空気感が漂っているんです。スタジオに入った瞬間、自分は出演部として皆さんとの共同作業の権利をいただいているわけですが、職人の皆さんの『こいつは出来るんやろか?』っていう、手ぐすね引いて待っている感じと言ったらいいんでしょうか(笑)。
求められているものが出来たときには、『あ、出来るやんか』って、ロックがカチャッと外れる瞬間があるんですね。出来ないことに対して、もちろん思いやりはあるんですが、『出来てないやないか……。出来るまでやらな、あかんやろ』という気持ちが、すごくストレート。自分の性質上、負けず嫌いなところもあるので、余計に回転数を上げさせてくれるんです。
本番になると、モニター越しにチェックするものですが、あの人たちは肉眼で見ている。監督がOKを出そうが出すまいが、セクションごとに見るべきところを見ているし、出演部の自分たちのことも見てくれている。
監督がまだOKを出していないのに、アイコンタクトの直後くらいに、見えるか見えないかのところで控えめにサムアップしてくださる。あのサムアップをいただくと、埃まみれで丸1日いたら鼻の穴の中が真っ黒になるようなスタジオなんですが、本当に楽園になるんですよ(笑)」
木村の映画出演本数(実写作品のみ)は、今作で13本目。50代に突入した木村が今後、どのような作品選びをしていくのか、多くのファンが一挙手一投足に注目するのと同時に、木村が次はどのような作品で、そしてどのような役どころで太秦の職人たちと対峙することになるのか、目を離すことが出来なくなった。
執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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