【インタビュー】稲垣吾郎が思い浮かべる、「幸せの定義」
2022年11月1日 19:00
稲垣吾郎にとって、実写映画としては17本目の出演作となった「窓辺にて」の撮影は実り多き日々となったようだ。奇しくも稲垣と同じ17本目のメガホンとなった今泉力哉監督のもと、肩に力を入れず自然体で臨んだ日々はどのようなことをもたらしたのだろうか。穏やかな眼差しを注ぐ稲垣が、それでいて滑らかな口調で語り出した。(取材・文/大塚史貴、写真/根田拓也)
今作が始動するまでには、幾つかのターニングポイントがあった。最初のきっかけは、2018年の東京国際映画祭。稲垣が主演した阪本順治監督作「半世界」、今泉監督作「愛がなんだ」が、ともにコンペティション部門に選出。その後、稲垣が雑誌の連載で今泉監督作「his」や「街の上で」などを紹介し、コロナ禍ではリモートで対談も行っている。
それらの段階を経て具体的な話へと移行する段で、今泉監督が10年以上にわたり温め続けてきたアイデアが浮上する。「妻が浮気したのに、怒りが湧かなかった男」が主人公の物語で、その企画がベースとなり、「窓辺にて」へと肉付けされていった。
稲垣が息吹を注いだ市川茂巳は、小説を1冊だけ出したきり、現在はフリーライターを生業にしているという設定。編集者の仕事をする妻・紗衣(中村ゆり)が、担当の売れっ子作家・荒川円(佐々木詩音)と不倫していることに気づいているのに、何の感情も湧かないことにショックを受けている。稲垣はこの「感じない人」を、観る者に違和感を抱かせることなく体現してみせている。
撮影中は、今泉組に流れる唯一無二の空気感を満喫したようで、「作風によってそれぞれ違うでしょうが、どの作品にも漂う今泉ワールドというのは今作にも反映されていると思います。現場はこの映画のように、とても自然体で粛々と進んでいく感じでしたよ」と述懐。さらに、「まるで日常生活であるかのように撮影が進んでいると申しましょうか……。映画を撮ることで生きている感じの監督さんですから、そこにお邪魔している感じでしたね」と思いを馳せる。
稲垣「『いつもこのチームでやっているんだなあ』と感じることが出来るほどに、スタッフの皆さんも息が合っていた。今泉監督の醸し出す空気というのが大きいですよね。作品世界にも通ずるものがあります。
撮影といっても、テレビや配信などリズムや速度がそれぞれ違いますよね。今泉監督作品は特に時間の流れがゆっくりとしていて、そこで生活しているかのようにゆったり撮影していたので、僕も居心地が良かったんです」
妻の不倫を知っても、何も感じないという自らの役どころにどう寄り添い、理解を深めていったのだろうか。
稲垣「茂巳は妻が不倫をしていても、あまり感情的にならない。そのことで、愛する人への愛が足りないのかなと悩むわけですが、その感覚って僕も分からなくはないなと思うわけです。感情表現が上手く出来ない時って、誰にだってありますよね。僕もあまり人に気づかれにくいタイプ。
どこか動揺しないようにしている自分がいると思うんです。人前で喜怒哀楽をはっきりと表すことが、あまり得意ではない。どこかそういうことに対して、恥ずかしいと思ってしまうんです。だからこそ、茂巳の思いというのは理解出来る部分があります」
劇中で、茂巳がジムで黙々と汗を流すシーンがある。走り続けることで無の境地に入り、「忘れる」のか、それとも「考え続けてしまう」のか。パブリックイメージはさて置き、稲垣はどちらのタイプなのか聞いてみたくなった。
稲垣「無の境地って、憧れます。僕は無の境地と呼べるものを体感したことがないのかもしれない。アーティストの方の話を聞くと、海外でも瞑想する方って多いですよね。無の境地って、どういうことを言うんでしょうね。
無になろうとしている時点で、無ではないと感じてしまうんです。へ理屈みたいですけど(笑)。本当の意味での無の境地って、そのように行動しようとしない時にこそ至れるものなのかもしれません。芝居をしている時に、そういう境地というか、アスリートでいうところの“ゾーン”に入るというのはあるかもしれない」
筆者も「走っている時は無になれる」と思い込んで近所の公園をランニングすることがあるが、走りながら頭の中を整理していることがあると思い至る。「実は無になれていないですよね」と稲垣にぶつけると……、「前向きな気持ちになれると思って走る行為だけで、十分ですよね。僕もあまりそういうところで自分に厳しくはしないタイプだから」と朗らかに笑う。
今作で描かれるテーマのひとつに、「何かを捨てて何かを得る」というものがある。稲垣にこの価値観について話を振ってみると、興味深い自己分析を聞かせてくれた。
稲垣「僕は都合よく忘れていくタイプなんです。子どもの頃から仕事をしてきて、ずっとこの世界にいるわけですから、ストレスや目の前に立ちはだかる壁に対して柔軟に受け止め、流していくことが訓練されているのかもしれません。上手くかわしているというか、色々なことを忘れられるし、自分で言うのもなんですが良い性格だと思います(笑)」
稲垣と長きにわたり同じ時間を過ごしてきた香取慎吾に約2カ月前に話を聞いた際、「不満がないので、不満を作らない術を持っているのかもしれません。要は、不満以前の段階で回避しているんでしょうね。自分から、そうではない方向に持っていく」と話していたことを思い出した。
この話に興味深そうに聞き入っていた稲垣は、「確かに彼が不満そうにしたり、怒っている姿というのはあまり見たことがないかもしれませんね」とうなずく。
稲垣「僕の方が分かりやすいタイプかもしれません。せっかちで短気な部分もありますしね。みっともないから人前では出さないですが、すぐ怒ってすぐ忘れるタイプ。もちろん何十年も一緒にやってきているから、色々な場面に遭遇してきましたが、彼が持つもともとの性格的なものがあるのかもしれませんね」
今泉監督が奏でる巧みな会話劇は、今作でも十分に堪能することができる。今泉作品の常連である若葉竜也が扮したプロスポーツ選手の有坂は茂巳の友人という設定だが、自らの現役生活の引き際について「後悔したくないけど、どうしたって後悔する」という会話を交わしている。稲垣がいま、思い浮かべる「後悔」とは、どのような類のものなのだろうか。
稲垣「あまりないのですが、20~30代の頃に猫を2匹飼っていたんですね。15年くらい生きてくれたんだけど、初めて迎え入れた時と同じテンションで、ちゃんと最後まで愛してあげられていたのかな……と時々思うことがあります。
もちろん当時も自分なりに思いを寄せていましたが、今だったらもっと違う接し方ができたんじゃないかなと考えることもあります。そういうことって、ありますよね。もっと一緒に時間を費やしてあげられたかなと思ったり。
あとは、あっちの道を選んだほうが良かったんじゃないか……みたいなことは、もちろんいっぱいありますよ。でも、“たられば”は仕方のないことですよね。それが本当の後悔とは思わない。その時その時の決断があったから、今があるわけですし」
劇中で茂巳は、文学賞の授賞式で高校生作家・久保留亜(玉城ティナ)と出会う。彼女の受賞作「ラ・フランス」の内容に惹かれ、その小説にモデルがいるのなら会わせて欲しいと話したことを契機に、年齢の離れた友人としての交流が始まる。ある日、留亜から山奥のコテージにひとりで暮らす、元テレビマンの伯父・カワナベ(斉藤陽一郎)を紹介される。
「反省、考察する時間もないままに、次から次へと作り続けて……」という打ち明け話を、茂巳は聞かされるわけだが、そのシーンを観ていると「幸せの定義」など人それぞれなのだということが改めて浮き彫りになってくる。いまの稲垣にとっての「幸せの定義」とは? と話題を振ってみた。
稲垣「あのセリフにはすごく共感したといいましょうか……。そういう時代のテレビの作り方のど真ん中で、僕らはやらせていただいてきたわけですから。僕らの世代には、響くんじゃないかな。
昔の働き方って、ちょっとどうかしていたじゃないですか。彼(カワナベ)は山小屋での暮らしに満たされているんですよね。ただ、それはそれでどうなんだろう? とも思ってしまいます。社会も色恋沙汰も何もかもが嫌になってあそこで暮らしているんでしょうが、僕はそうはなれない。
人に迷惑をかけず、自分がやりたいことをやる。それでいいんじゃないかな。もちろん、チームを組んで仕事をするのならば一生懸命やるべきです。でも、ある程度は自分のやりたいことをやっていってもいいのかなって感じています。
今までは、グループ最優先で考えていました。グループが最もよく見えるようにやってきましたし、それは素晴らしい経験でした。人のこともちゃんと考えられましたし。最初からソロでやって、自分が前に出るタイプだったら自分勝手になって人のことなんて考えられなかったかもしれない。
今は自分がやりたいことをやらせてもらっていて、それをファンの方々も喜んでくれています。すごく幸せなことだし、僕自身もそれを実感しています」
実写映画への出演本数17本という数字は今後、さらに増していくだろう。硬軟織り交ぜ、どのような役どころも自分のものにしてしまう稲垣の存在感は、多くの映画監督たちからも面白がられている。最後に聞いてみた。「稲垣さんにとって、映画とは?」と。
稲垣「映画はやっぱり、観るものではあるんですが、出るものでありたい。僕は観る仕事が多かったんですね。雑誌の連載で監督と対談したり、テレビ番組では月1で映画について好き勝手に話をしたり、それこそ映画祭でレッドカーペットを取材する側であったり。
4年前の東京国際映画祭で、出演作『半世界』でレッドカーペットを歩かせてもらって、すごく嬉しかったんです。観るのはもちろん好きですけど、やっぱり出演するものでありたい。他の共演者から面識のなかった監督を紹介してもらったり、映画祭での素晴らしい出会いというのも経験できましたし。今年もこの映画で東京国際映画祭に参加させてもらいましたが、これからも映画には出続けていたいですね」
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執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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