設定はアウト、でも見てほしい傑作ロマンポルノ「黒薔薇昇天」【二村ヒトシコラム】

2022年9月3日 22:00


「黒薔薇昇天」 (C)1975日活株式会社
「黒薔薇昇天」 (C)1975日活株式会社

日活が1971年に製作開始した「日活ロマンポルノ」。50周年記念プロジェクトとして新作3本が製作され、今年9月からの公開を控えている。昨年は第78回ベネチア国際映画祭クラシック部門に「(秘)色情めす市場」が選出され、世界的にも注目を集めている。なかでも、「恋人たちは濡れた」「赫い髪の女」などとともに海外映画祭で高い評価を受ける神代辰巳監督、脚本作「黒薔薇昇天」は、映画ファンならこの機会に見ておきたい傑作。作家でAV監督の二村ヒトシさんが、二村さんならではの視点で本作の見どころを綴るコラムをお送りします。

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昭和を代表する個性的名脇役、残忍酷薄そうだけど存在がどこかユーモラスな岸田森(きしだ・しん)。映画ですと岡本喜八監督で勝新と三船がダブル主演した「座頭市と用心棒」の刺客や東宝のホラー「血を吸う」シリーズの吸血鬼、テレビの連ドラだと萩原健一水谷豊にイヤミなイジワルをする「傷だらけの天使」や円谷プロの「怪奇大作戦(これはまあ主役か)」やスーパー戦隊シリーズ第5弾「太陽戦隊サンバルカン(なんと悪の幹部ではなく正義のほうの司令官なんですよ…)」での怪演技で有名な彼が、にっかつロマンポルノで主演を務めたのが「黒薔薇昇天」です。

もちろん主演にはセックスシーンがあるわけで、ずるいだけではなく絶倫な岸田森、汗まみれで全裸でがんばる岸田森、オーガズムの瞬間に死にそうな声でうめく岸田森、ローラースケートでアパートの廊下を滑りながらセックスする岸田森などが見られる岸田森好きにはたまらん映画。原作は藤本義一で、監督は神代辰巳です。

「黒薔薇昇天」 (C)1975日活株式会社
「黒薔薇昇天」 (C)1975日活株式会社

主人公は非合法の本番セックス映画、いわゆるブルーフィルムの監督なのです。1970年代後半に家庭用ビデオデッキが発売されてAVや裏ビデオが生まれるまで、お父さんたちは繁華街のビルの一室の小さな劇場、つまり個室ではない環境で、8ミリ映写機でこっそり上映されるブルーフィルムをみんなで鑑賞していたのでした。「黒薔薇昇天」は非合法のエッチな映画を作る人々を描いた、エッチだけど合法的なフィクションの映画、ということになります。

現代の日本のAVの撮影現場を知ってる人が「黒薔薇昇天」を観たら、ふーん、機材はずいぶん進化したもんだけど、それと搬入や撤収でメイン男優にあんな重い荷物(人間2人が上に乗ってセックスしても割れない分厚い透明アクリル板。AVでも使うことがあります)を運ばせたりは我々はしないけど、カメラが回っている時は、やっとることは今とあんまり変わらんねと思うでしょう。

映画の冒頭は、さっそくセックス撮影のシーンです。 岸田森はカメラマンの背後から、いままさに男優とセックスしている女優さんに「もっと、ええ顔をせんかい」と声をかけます。もうちょっと具体的に演技指導をしてあげればいいのに、いくらなんでもこんな雑な演出があるでしょうか。あるんですねー。僕もAVを監督をしてる時、セックス中の女優さんに向かって、思わず「もっと、こう、なんとも言えん表情をして!」と叫んでしまったことがあります。そんなこと言われたって女優さんだって困ったでしょう。あなただったらそんなこと言われたらどんな表情をしますか。

岸田森が扮したキャラクターがエロ監督として僕と同じヘボ演出をやってたのには苦笑いというか、なかなか感慨ぶかいものがありました。しかし、ここから先は苦笑いですまないアウトな展開になっていきます。出演する女優に困った岸田森は「この女に本番させれば、すばらしくエロい表情が撮影できそうだ」と目をつけた、本人にはポルノ出演の意志なんてなかった一般女性をストーキングして、口説きはじめるのです。

その一般女性を演じるのが、ロマンポルノでSMの女王と呼ばれた伝説の女優・谷ナオミ。風格も気品もあるし色気もあり、着物を着こなし日傘をさすマダ~ムな感じで、財界の大物である老人の愛人でもある(あんまり一般女性じゃなかったな…)。そして彼女が老人へのご奉仕セックスじゃ飽き足らず他の男と浮気もしていることを知った岸田森は、それをネタに彼女を罠にかけ、平気な顔で同情をひく嘘をつき、あげく暴力までふるいます。もともと彼は女優に向かって「(わいらのやっとることは)働く者の芸術や」「つまらんことを気にせんと、おまえの体をわいにまかせいっちゅうこっちゃ。わいの芸術的センスと知恵を信用してほしいんや。悪いようにはせん、いっしょに感動的な芸術作品を作ろうやないか」みたいなことをシレッと熱弁する男です。

「黒薔薇昇天」 (C)1975日活株式会社
「黒薔薇昇天」 (C)1975日活株式会社

ひどい男だけれど岸田森が演じてるから憎めないんだよなぁと許せてしまうレベルではなく完全にアウトだと思います。現代の倫理感に照らしたらとかそういう話を持ち出さなくても、映画が作られた当時だってこりゃアウトでしょう。せまる岸田森に、谷ナオミは「いやです」「だめです」と繰り返し、ついに明確な同意は表明しないまま貫かれ、困ったような、しかし同時にめちゃめちゃ嬉しそうな、すばらしい表情を浮かべてしまいます。そして彼女はブルーフィルム女優になります。

言うまでもなく、こんなことを現実にやったら絶対あきまへん。また、こういった筋立てのポルノが作られ続けてきたことで一部の一般男性たちもかんちがいをし、やってしまえばこっちのものだという雑な思想で多くの現実の女性に迷惑をかけてきたのでしょう。

個人的には、アウトな主人公のアウトな行為をアウトなまま描いている「黒薔薇昇天」は、たとえば主人公の心情を美化しすぎている「全裸監督」よりも全然いい作品だと思いますが、とにかくアウトなことはアウトとして、その上で一般論として考えたいのは、この男はなぜ、こんなにまでしてセックス中の女性のエロい表情を映像に収めたいのか? ということです。

どうして一部の男性は、こんなにも女性のエロくなった顔が(ゲイ男性であれば、男性のエロくなった顔が)好きなんでしょうね? まぁ一部の女性だって男性のエロくなった顔は好きか…。では問いの立てかたを変えます。なぜ一部の男性は(一部の女性もですが)自分の手練手管によって相手のエロい表情を引き出すことに、こんなにも熱中し興奮するんでしょう? そして女がエロい顔をしてくれたことを、なぜ男は自分の手柄にするんでしょう? 女のほうが勝手にエロい顔になってくれただけなのかもしれないのに。

岸田森が演じる主人公にせよ僕にせよ、ある種のハードコアポルノの監督は、撮影のセックスを(つまり女優に「ええ顔」「なんとも言えん表情」をさせるという仕事を)男優まかせにはできず、つい自分が主導権をとりたがります。女優とセックスしているのは男優の肉体であっても、女優の心をコントロールして最高の「ええ顔」をさせるのはあくまでも自分の演出力、監督としての魅力であると思いたいのです。それはその監督のエゴなのでしょうね。

では、ええ顔をしてしまった女優の側は、女の側は何を感じているのでしょう。谷ナオミ岸田森に犯され暴力までふるわれた直後に、この人がここまでするのは「うちの」ええ顔を見たいからなのや。かつて、うちが関係した男で、こんなにもうちに(「セックスに」ではなく、うちに)熱心やった男は、いたやろうか。そう思って「嬉しい」と感じてしまいます。その彼女の表情を見た岸田森は「可愛い」と思ってしまって、そう思ってしまった自分に、うろたえます。

映画を観ている人がこのくだりを「うむ、女と男というのは、こういうことだよなあ」などと決めつけてロマンチックに納得してしまうのは倫理的にアウトです。現実には、こういうロマンチックな男女関係からたくさんの性暴力が生まれてきたわけですから。そして、そういう観点で見ても、この部分はこの映画において最も興味ぶかいシーンの一つです。

その後にさらにもう一段、岸田森にとって皮肉な(というか「まあ、そうなるよなぁ」としか言いようのない)ラストシーンが用意されていますが、なんにせよ「黒薔薇昇天」はアウトな映画であって、アウトなんだけど我々は幸い観ることが禁じられているわけではないので、この機会に、成人であるなら皆さん是非ご覧になってください。アウトではあるけれどいろんなことを感じさせ考えさせる、とてもいい映画です。そして絶対に真似はしないでくださいね。

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二村ヒトシ(にむら・ひとし)
1964年生。ソフトオンデマンド顧問。痴女・レズビアン・ふたなり・女装美少年といったジェンダーを越境するジャンルで様々な演出の技法を創出、確立したアダルトビデオ監督。
著書『あなたの恋が出てくる映画』 『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』 共著 『日本人はもうセックスしなくなるのかもしれない』 『欲望会議 性とポリコレの哲学』ほか多数。Twitter:@nimurahitoshi

宮台真司さんと僕の共著の表紙を描いてくださったイラストレーターのたなかみさきさんが、ロマンポルノ50周年記念サイトでコラムを書いておられ、「黒薔薇昇天」にも触れておられます。
宮台真司・二村ヒトシ「どうすれば愛しあえるの 幸せな性愛のヒント」

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