【「セイント・フランシス」評論】子守り女性と家族の試練を通じ、“ありのまま”に向き合う尊さをユーモラスに描く
2022年8月21日 09:00

生理や避妊、中絶にまつわる体験を従来の映画にはない率直さで描いた点で、2019年米公開の本作が多くの女性から共感を得てきたのは当然だろう。オープンに語ることが避けられてきた女性特有の事情について、男性観客が学ぶ啓発的な効果も認められる。だがその根底にある、ジェンダーや性的指向にかかわらず、自分と他者の“ありのまま”に向き合い受け入れることを尊ぶ姿勢が、心の深い部分に響く最大の要因ではなかろうか。
主人公は34歳の独身女性ブリジット。パーティーで出会った26歳のジェイスとベッドを共にするなど一見気ままなようで、大学を1年で中退してから目標も持てず今に至り、同世代が結婚・出産するのをSNSで見ては自己肯定感を一層下げている。そんな彼女が、友人の紹介でひと夏の子守り仕事をゲット。男児を出産したばかりの白人女性マヤと、会社勤めの黒人女性アニーのレズビアンカップル(裕福だがそれぞれ悩みも抱える)の家に通い、6歳の長女フランシスの面倒をみることに。一筋縄ではいかないフランシスに手を焼く一方、望まない妊娠が発覚し、中絶するも不正出血にたびたび煩わされる。子守り中も自分の問題で気もそぞろなブリジットだったが、ある出来事を転機に、フランシスたち家族との関係が次第に変わっていく。
主演のケリー・オサリバンは、女優業で芽が出ない20代に子守りの仕事をしたことと、30代で中絶を体験したことを元に、「セイント・フランシス」の脚本を執筆(私生活のパートナーのアレックス・トンプソンが監督を務めた)。グレタ・ガーウィグ脚本・監督作「レディ・バード」での女性の描き方に触発されたと明かすが、テーマ設定とメッセージはむしろ、ジェイソン・ライトマン監督とのタッグで知られる脚本家ディアブロ・コーディの諸作(「JUNO ジュノ」「ヤング≒アダルト」「タリーと私の秘密の時間」)に近い。
本作から改めて気づかされるのは、私たちの自己評価に関する悩みや劣等感が、いかに世の常識と伝統的な価値基準に縛られて生じているかということ。偏見と差別の問題も、その根っこには外部から植え付けられた性や人種に関する固定観念が少なからずある。そんな呪縛を取っ払い、自身と他者の“ありのまま”に向き合い受け入れる人が増えるなら、そのぶんだけ世界は生きやすくなるのだろう。
米国で「中絶」と言えば、中絶権の合憲性を認めた判例を今年6月に最高裁が半世紀ぶりに覆すなど、政治とキリスト教的価値観も関わって国を二分する難しい論点だが、オサリバンとトンプソン監督のコンビは気負うことなく、ユーモアを交えて適度な平熱感で描いている。題名を含め、宗教的な要素は本作の要所要所で認められるものの、さらりとフラットに扱われている点も好ましい。おさなごのように世俗にとらわれない無垢な眼差しで、おのれと隣人をありのまま受け入れ祝福しなさい、というのが“聖フランシス”の教えなのかもしれない。
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