【「ボイリング・ポイント 沸騰」評論】ロンドンの人気レストラン、1年で最も忙しい夜のすべてをワンカットで見せる
2022年7月17日 08:30
大ヒットした「カメラを止めるな!」、デジタル機材が可能にしたソクーロフの「エルミタージュ幻想」、CGで時制や場所を超越させたサム・メンデスの「1917 命をかけた伝令」。さらには「リービング・ラスベガス」のマイク・フィギスが、分割画面で4つのエピソードをリアルタイム同時進行させ、それぞれがLAの街中で複雑に交錯し合う「タイムコード」というクセの強い作品もあるなど、全編ワンカットというフォーマットは、いつの時代も古今東西の映画人を魅了してやまない。そして本作もワンカット編集なし、1発ぶっつけ本番という形式を採用したドラマになっている。
クリスマス直前の金曜、ロンドンの人気レストラン。キャパを超える予約が入る中、揉め事を抱え酒びたりのオーナーシェフ・アンディ(スティーヴン・グレアム)を中心に、有能だがギャラに不満なスーシェフのカーリー、料理の質よりSNS映えが大事な支配人ベス、フランス人で英語に不慣れなカミーユなど、スタッフは課題と戦いながらもオーダーをこなしてゆく。そこへ、アンディの友人で今やセレブ・シェフのアリステアが、レストラン評論家を伴って来店する。夜も更け忙しさが頂点を迎える中、アンディは彼から想定外の提案をされる。
元々は22分の短編だったからこそ、編集なしのワンカットが可能だったものを、俳優出身のフィリップ・バランティーニ監督は、レストランの一夜という設定はそのままに長編に拡張、キャラクターを増やして背景に物語を持たせ、移民やジェンダー、貧困などの問題を盛り込み、そこへ食ビジネスならではのアレルギーやクレーマー、衛生環境や労働問題、資金の借入といったフラグを立てまくり、怒濤のラストへと一気になだれ込ませる。
「ボイリング・ポイント」は実在する英国の暴言シェフ・タレント、ゴードン・ラムゼイを追ったドキュメンタリーのタイトルとしても知られ、主人公アンディがラムゼイをイメージしたことは間違いなさそうだ。ちなみにブラッドリー・クーパー主演「二ツ星の料理人」という作品もラムゼイがモデルと言われ、本作と同じく牡蠣の殻を剥くシーンが印象的だ。
多分野でホワイト化が進む現代社会でも、厨房やカウンターの内側はまだ20世紀のままのように描かれる。怒号が飛び交い、食い気味の言葉で罵倒の応酬、暴発寸前のストレスフル状態が続く。どんな狭苦しい場所にでも入り込むカメラワークは、ワンカット映画によるスタッフ・キャストの緊張感をも浮かび上がらせ、いつしか観客も一緒に息が上がり精神を削られる。甘くない結末は人を選ぶが、滅多に味わえない体験をさせてくれる映画だ。
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