「ハリポタ」から「ファンタビ」に至る魔法ワールドのグラフィックデザインを一貫して手がけてきたのは、ミラフォラ・ミナとエドゥアルド・リマの「ミナリマ」コンビ。スクリーンにちらりと映る、想像力を掻き立てる魔法グッズや、不思議な世界観を構築するポスターや本などあらゆるアイテムをデザインしている。このほど映画.comのインタビューで、最新作のデザインの見どころやお気に入りのアイテム、20年以上にわたり携わってきた魔法ワールドの魅力を語ってくれた。(取材・文/編集部)
「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」では、魔法動物学者ニュート(レッドメイン)と、キーパーソンとなる“史上最も偉大な魔法使い”ダンブルドア(ジュード・ロウ)が、寄せ集めのデコボコチームを結成。未来を見る能力を持ち、魔法使いがマグル(非魔法族/人間)を支配する世界を作ろうと画策する史上最悪の“黒い魔法使い”グリンデルバルド(マッツ・ミケルセン)を止めるために立ち上がる。
※本記事には、原作と映画のネタバレとなる箇所があります。未見の方は、十分にご注意ください。
●新たに登場する魔法省、グリンデルバルドの指名手配書、ユーラリーの本……最新作でのミナリマ的見どころは?
――本作でミナリマファンに見てほしい注目のデザインやアイテムを教えてください。
ミナ「『ファンタビ』が素晴らしいのは、観客を魔法ワールドのさまざまな場所や国に連れて行けることです。おかげでデザイナー陣は、それらの場所で新しいディテールや個性を表現する機会を与えられます。ニューヨーク、フランス、そして今回はヒマラヤの山奥にある、特別な場所を訪れました。私たちはそこで、その世界が現地でどう作り上げられてきたのかを想像します。その場所に命を吹き込んだのは、私たちではなく、その土地や現地の人々、あるいは現地の魔法使いたちだと想像してみるわけです。すると、魔法ワールドのなかにあるその場所にとって重要な様式や要素が見えてきます。新しい場所という意味では、新たに登場する魔法省も、それぞれにアイデンティティを持っていなければいけません。それを作り出すのもまた、グラフィックデザインのチームの仕事です」
リマ「本作では、私たちが制作したデザインが随所に使われていて、グリンデルバルドの指名手配書や、ホグズミードに行くときのシーンなどです。ニュートのスーツケースを開ければ、『
ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』で確立したニューヨークに関連するものや、ティナの写真、ニュートが捕獲した魔法動物たちがいます」
――ミナリマさんはこれまで、“紙もの”のデザインに携わられています。本作には「呪文学」の教師ユーラリーの本の魔法が登場しますね。
リマ「スーツケースを開くとたくさんの本が飛び出すシーンは、楽しかったですね。僕らは本をデザインするのが大好きなんです。『ハリポタ』『ファンタビ』全作品に登場する本のデザインを手がけてきました。新しい本、特に原作で言及されている本をデザインするのは最高ですね。今回も原作に出てきたタイトルの本をいくつかデザインしています。もちろん(劇中でニュートが言及する)アメリカでとても人気があるというユーラリーの本『Advanced Charm Casting』もデザインしていますし、スーツケースに入っています」
――国際魔法使い連盟のリーダー選挙のシーンのフラッグや選挙グッズにも、ミナリマさんのグラフィックが多数登場しますね。
ミナ「グラフィックデザイナーや、ほかのどんなクリエイターであっても、観客に情報を提供する時間がほとんどないことが多いのが映画です。だからこそ、(そのモノや人の)アイデンティティを観客が素早く理解できるよう、色やタイポグラフィやスタイルに関して、明確な決断をしなければいけません。今回のように、特定のキャラクターや政党、グループとの関連性が重要な場合は尚更です。こうした選択全てが、最終的なデザインに反映されるわけです」
ミナ「エドゥアルドはブラジル出身なので、選挙の候補者のひとりがブラジル人だったのは楽しかったです。彼はデザインに没頭することができたし、結果も素晴らしかった。私は邪魔したくなかったので、手は出しませんでした(笑)。(リマさんを見ながら)今回は伝統的なスタイルを多く取り入れることができたよね」
リマ「そうなんです。選挙用のバナー(垂れ幕)はどれも作業していて本当に楽しかったですね。本作には、僕たちの友人であるファンの皆さんが楽しんでくれるようなものが、たくさんつまっていると思います。また、それぞれの候補者に色を割り当てることになったのですが、グリンデルバルドはもちろん緑で、タオ(※中国の候補者)は赤、サントス(※ブラジルの候補者)は黄色と決め、そこから候補者のアイデンティティを掘り下げることができました。劇中では中国にもブラジルにも行きませんが、それらの都市の魔法省のスタイルは表現しなければいけない。例えばブラジルの場合は、ブラジルの民間伝承を深く掘り下げ、ブラジルの動物や植物、先住民族のモチーフも使ってデザインしました。中国の場合も同じアプローチをとりました」
ミナ「グリンデルバルドも、堂々としたアール・デコ時代の伝統的なスタイルにすることで、より厳格で独断的な彼の存在を感じさせるようにしました。監督や衣装デザイナー、プロダクションデザイナーと密に連携し、(劇中で描かれる)晩餐会や集会などのイベントに来るのがどんな人たちなのか、話し合いました。『彼らはどうやってそこに来たのか?』『どんな会話をしているのか?』――そのシーンの前に起きたことを常にどこかで想像しているわけです。スタッフとの会話が、デザインに関する選択をするときに大いに役に立つんですよね」
●「必要の部屋」のあのアイテムもデザイン 「大事なのは、好奇心を刺激すること」
――劇中で心躍ったシーンは?
ミナ「仕事中はなるべくファン心は忘れるようにしているんです。そうしないと気が散ってしまう。ストーリーのためにデザインし、ベストを尽くすためには、毎日たくさんのことを求められますからね。作品を待ってくれている観客の皆さんが、私たちのゴールなんです。特に印象的だったのは、複数のスーツケースが出てくる『必要の部屋』のシーン。あの部屋には、私たちが入念に装飾した巨大な物体以外、何もないんですよ」
――巨大な物体とは、マニ車(※側面にマントラが刻まれた、円筒形の仏具。転経器とも呼ばれる)のことで、おふたりがデザインされたのですね。
ミナ「そうです。もちろん、キャラクターたちをブータンまで運ぶ巨大なマニ車を作りたいと考えたプロダクションデザイナーの
スチュアート・クレイグとニール・ラモンと連携していますが、タペストリーであれ、床であれ、装飾に関することは、グラフィックデザイナーである私たちの仕事の範疇ですからね。あのシーンは、これから連れて行かれる場所を観客に初めてほのめかす、とても特別な瞬間です」
ミナ「観客は、何が起こっているのかよく分からない、ちょっと不思議な感覚を味わうシーンだと思います。並べられたスーツケース、(強盗計画のように複数で実行する)ハイストものっぽい雰囲気、ミステリー、そして得体の知れない物体。観客にとっては、とてもシュールな瞬間です。大事なのは、好奇心を刺激すること。私たちのデザインもそうありたいと考えながらいつも仕事をしています。『この魔法のシンボルやモチーフは何だろう?』『どうしてこれらの印が組み合わされているんだろう?』と、観客に感じてほしい。そしてブータンに到着すると、そうした疑問が少し明らかになります。その既出のデザインがよりたくさん登場しますし、ブータンの村をよく見てもらえば、あちらこちらにそのデザイン要素を見つけることができます」
リマ「(『必要の部屋』のシーンは)麒麟の儀式の序章のような、ブータンで何がニュートらを待ち受けているのか、その兆しを感じられるシーンですよね。ミナが言ったように、ファンとしてもものすごくマジカルな瞬間でした。あの巨大なオブジェと5つのスーツケース。グリンデルバルドを倒すための戦いに向かう準備をしている僕らのヒーローたち。しかも移動に使うのがあのオブジェとは……(笑)」
ミナ「勝手なことを言えば、私たちは自分たちがデザインしたものがキャラクターのように見えたらいいなと思っているんです。あのシーンなら、マニ車が7人目のキャラクターのように映ってほしい。その小道具やデザインが、パーソナリティを持つということです。小道具や制作物にいかにパーソナリティを持たせるかということが、デザインしているときの私たちのゴールなんです」
●デザインを通して育まれる、キャラクターとの絆
――お気に入りのキャラクターは?
リマ「ユーラリーが大好きですね」
ミナ「彼女も私たちも本が大好きなんです」
リマ「キャラクターのためにグラフィックをデザインし、小道具を作ることで、僕らは彼らのことをよく知ることになります。ユーラリーもそうだし、『ハリポタ』のリータ・スキーター(※予言者新聞で中傷記事を数多く書いたジャーナリスト)やドローレス・アンブリッジ(※魔法省から送りこまれた、『闇の魔術に対する防衛術』の教授)も同じでした。この3人はグラフィック(で表現する)要素が多いキャラクターで、デザインを通して対象との関係性を築いていくんです。スキーターやアンブリッジのような悪役でも、それは変わりません。ユーラリーは善の側なので、彼女とそういう関係性を持つことができるのは、より特別なことです。そしてもちろん、ニュートが大好きです。また、ダンブルドアのためにさらに多くのデザインができたことは、本当に嬉しいことでした」
ミナ「だからこそ、ファンとして仕事をするのはとても難しいんです。仕事場ではキャラクター自身がどうするかを想像しながらデザインしているので、例えばニュートのスケッチだったら、私ではなく、ニュートがスケッチしたようなものでなければいけない(笑)。魔法薬学の本にセブルス・スネイプが手書きで何かを書いていたら、彼がどう書いたかを考えなければいけない。主観的ではなく、客観的でなければいけない。だからファンとして作業するのはとても難しいんです。私たちは常にキャラクターの世界にどっぷり浸かってデザインをしていますからね」
リマ「仕事場で混乱することもあります。最初はニュート関係の制作をして、その2時間後にはダンブルドア、その日の終わりはユーラリーという日もありますから……混乱しますよね(笑)」
●デザインの発想の源は? 大切なのは「キャラクターや物語の状況からデザインすること」
――デザインを作る上で、大切にしていることや、ローリングさんの原作や脚本以外での発想の源は?
ミナ「苦労することと大切にしていることは多くの場合、同じだったりします。私たちの場合は、ミナリマの作品ではなく、(物語のなかのある)状況から生まれてきたモノであることが大事です。例えばある固有の性格をした、あるキャラクターの家に200年も伝わる本だとしたら、その特徴が制作物に反映されていなければいけない。忍びの地図(※『ハリポタ』に登場する、いたずらに使用する地図。地図上の足跡で、人の移動を把握することができる)についても同じで、ミナリマが作ったものではなく、キャラクターたちがかつて作ったものなのです」
ミナ「キャラクターや物語の状況からデザインすることが、私たちが常に目指しているベンチマークです。そうすることで、どの小道具もほかとは違ったものになるし、観客も全部が同じクリエイターから生まれているという印象をあまり受けない。長年築き上げてきた私たちの『言語』は、いまでは私たちにとって頼れる、安心できる存在です。それは映画であれ、本であれ、何か新しい素材を与えられたときに使うことのできる言語なんです」
リマ「どんなデザインをするときも、僕らにとって常にとても重要な要素のひとつが、制作物にきちんと合った書体とタイポグラフィです。その小道具に完璧に合う正しい書体を求めて、より深いリサーチを行うこともあります。僕らはよく、『僕らはフォントを選んでいるのではない。フォントをキャスティングしているんだ』と言うんですが、例えば手配書や予言者新聞は、美しく着飾った10種類の書体のなかから、(役者を)キャスティングをするように、一番ぴったりなフォントを選んでいきます。それらはもちろん、ビジュアル的にも僕らをワクワクさせてくれるものでなくてはなりません」
リマ「(発想の源と言う意味では)16年に初めて日本に行ったときのことを思い出します。『ハウス・オブ・ミナリマ』のオープニングで大阪に行ったのですが、何もかもが刺激的でした。クリエイティブな人にとって、インスピレーションとなるものは見るもの全てです。来日中は目を開けるやいなや、必ず何かにインスパイアされていましたね」
ミナ「写真を撮ったり、スケッチをしたり、本を買うために常に立ち止まっていたので、どこに行くにもものすごく時間がかかっていました(笑)。人は新しい環境に身を置くと、自分が持っている受容体がフル稼働するのだと思います。だから、来日はこれ以上ないほど素晴らしい体験でした」
●こだわり続けた、ファンタジーとリアルのバランス 観客を魔法ワールドに誘う“親近感”
――魔法ワールドが世代を問わず多くの人を魅了している理由は、魔法の世界であってもリアリティ溢れる設定があることだと思います。デザインにおいて、そうしたファンタジーとリアルのバランスは、どのようにとられていますか。
ミナ「まさにその点をずっと意識してきたので、触れてもらえて嬉しいですし、原作が全ての人に響くことに成功した理由だと思うんです。加えて、誰もが何かを得られる物語であることも。私たちもデザインするにあたって、同じアプローチをとっているんです。予言者新聞、忍びの地図、『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』(※ロンの双子の兄が開業する店)のパッケージ、そして本作のブータンやベルリンのデザインなど、どれをとってもそうです。デザインの全てが現実から始まることによって、観客はこの世界にとても入りやすくなる。『これ知ってる』『これは自分が慣れ親しんでいるものみたいな感じがする』など、親近感を持つことができるんです。この親近感は、観客が物語とつながる上ですごく重要だと思います」
ミナ「そうやってこの世界に入った観客を待っているのが、特別なポーション(魔法薬)です。その20%は完全にイカれた魔法の言語や要素でできていて、グラフィックや衣装のディテール、呪文などを通して表現されています。観客にとって100%抽象的でファンタジックなものにするのではなく、『特別なものなんだな』とぎりぎり感じるぐらいのさじ加減ですね。そのバランスを見つける作業は、デザインする上で私たちがしょっちゅう使っているひとつのメソッドでもあるんです」
リマ「予言者新聞が良い例ですよね。奇想天外なフォーマットにしても良かったけれど、観客が『なんだこれ?』と驚かないように、新聞に見えるデザインにしてあります。観客は慣れ親しんでいるもののように感じ、『ああ、これは新聞だ』と思ってくれる。
リマ「ミラが『
ハリー・ポッターと賢者の石』で制作したハリーへの手紙もそうです。例えば、ホログラムでも良かったわけですよね? もちろん原作で書かれていた通りにしなければいけないところもたくさんありますが、映画の場合、少し手を加えることもできます。でも、あの手紙は観客に信憑性を感じてもらうためにも、あのフォーマット(手書きの手紙)でなければいけなかったし、そういう選択をしたわけです。誰もがあの手紙が自分のところに送られてくるのを待っていますしね(笑)」
●お気に入りのアイテムは、「もうキャラクターと呼べるほどの存在」
――魔法ワールドで、特にお気に入りのアイテムは?
リマ「知っている人もいるかもしれませんが、僕は予言者新聞の編集長だったんです。いまやニューヨーク・ゴーストやドイツの新聞も手がけています(笑)。『ハリポタ』ではシリーズを通して、予言者新聞が非常に重要な役割を果たし、その時々に起こっていることを観客に正しく伝えるために使われていましたから、新聞を作り上げるのはとても楽しい作業でした。『ファンタビ』でも新聞を引き継ぎ、さらにアメリカやフランスの新聞を制作できたことは、とても嬉しいことでした。予言者新聞を(『ファンタビ』の舞台となる)1920年代風にデザインし直すのも楽しかったですね。予言者新聞と、恐らくミナが話してくれるだろう小道具のふたつは、もうキャラクターと呼べるほどの存在だと思います」
ミナ「私は忍びの地図ですね。制作物との関係性は少しずつ築かれていくものですが、デザインした時点では、それが何度も登場するなんて、分からないわけです。忍びの地図は『ハリポタ』3作目で初登場し、5作目、6作目、そして確か7作目にも再登場するのですが、そのたびに新しい側面が増え、視覚的に伝えなければいけないストーリーが加わりました。制作物にルールはなく、『こういう外見でなければいけない』などと、誰かが言うわけじゃない。原作の読者にとって非常に重要な存在となった言葉たちに、どのようにして息を吹き込むべきか想像する機会を与えられるのは、これまでも、そしていまも、私たちにとって、とても特別なことなんです」
リマ「予言者新聞や忍びの地図がお気に入りだと言ってしまうと、ほかのデザインに嫉妬されて大変なことになるんですけどね(笑)。なんで魔法薬学の本じゃないんだ、なんで蛙チョコレートじゃないんだって。(いろいろなものを)いっぱいデザインしてきていますからね(笑)」
ミナ「ちなみに、予言者新聞とグリンデルバルドの手配書は、日本で本物を見られますよ。東京・丸の内の丸善で、本作のほかのグラフィックアートとともに展示される予定なんです。あの手配書は、とても人気があるんですよね。(たくさんデザインするなかで)何がはねるか、私たちにも分からないのがまた、面白いところです」
なお、ミナリマのふたりが紹介してくれた展示では、グリンデルバルドの手配書はもちろん、ニュートがスケッチしたニフラー&ピケット、列車のチケット、「必要の部屋」の移動(ポート)キーなど、「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」のために描かれた新アート12種類が初公開。グッズの販売コーナーも併設されている。丸の内オアゾ内の丸善(1階と2階のふたつのエリア)で、5月10日まで開催中。ミナリマがこだわり尽くしたデザインの細部を、じっくりと楽しむことができる。