【「ハッチング 孵化」評論】“幸せな家庭”の理想に狂わされる少女 謎の卵が暴く、親の愛情に潜む欺瞞
2022年4月10日 16:00

北欧発のホラー「ハッチング 孵化」が気になった最初のきっかけは、胸のざわつきが止まらない不穏なポスターだった。切り取られているのは、不気味な仮面をつけた父、母、息子。唯一素顔が見える娘は巨大な卵を大切そうに撫でているが、その殻を突き破り、血だらけの“何か”が生まれようとしている――。
本作の中心となるのは、フィンランドに住む4人家族。母(ソフィア・ヘイッキラ)は、誰もが羨む“幸せな家庭”を自らのブログで発信することに夢中になっている。そんな母を喜ばせるため、12歳の娘ティンヤ(シーリ・ソラリンナ)は本心を抑え、体操の大会優勝を目指し、厳しい練習に打ち込む日々を送っていた。ある夜、森で奇妙な卵を見つけたティンヤは、その卵をこっそりと子ども部屋のベッドで温める。やがて卵は驚くべきスピードで巨大化していき、遂に孵化する。
アリ・アスター監督による前代未聞の“フェスティバル・スリラー”「ミッドサマー」は、太陽が輝き、人々が歌い踊る明るい世界でも、恐怖を描くことができると証明した。本作の家族が暮らしているのも、柔らかな光に溢れ、北欧らしく洗練された空間。しかし、そこには一切の綻びがなく、居心地の悪さを感じるほど洗練され過ぎている。母が支配する完璧な家では、ネガティブな感情、不和や崩壊の予感は、決してセルフィーに写り込ませてはいけない。そんな違和感に満ちた家に、一羽のカラスが迷いこみ、ようやく捕まえたその罪のない生き物の首を、母は容赦なく折る。見る者は「理想の家を荒らした者には、制裁が下る」というルールを一瞬で理解する。
ティンヤの血や涙などの“痛み”を吸って成長する謎の卵から生まれた“何か”は、母がせっせと嘘と見栄で固めて作り上げた、幸せで平穏な家族の仮面をはぎとる。劇中で何度か映るティンヤのドールハウスは、家族の誰もが本心を言わない、現実感がなく空虚な生活を暗示しているかのようだ。ティンヤが心の奥底に秘めた思いを理解している“何か”は、彼女の願望を叶えるため、暴力的に現実を塗り替え、親の愛情に潜む欺瞞を暴いていく。
物語を導いていくのは、対照的なふたつの母性だ。ひとつは、ティンヤが卵から生まれた“何か”に向けるもの。“何か”が予想を超えた、受け入れがたい行動をとっても、ティンヤは懸命にその存在を守ろうとする。彼女は、自分が母に与えられたいと望む愛情を、“何か”に注ぐ。もうひとつは、母がティンヤに向けるものだが、それはとても愛情とは呼べない代物だ。娘を自身の承認欲求を満たすための所有物と見なし、その生活や成長を全世界に公開する。果たせなかった夢を託す存在として、過度の期待をかける。ありのままの姿を受け入れず、無理やり理想の形に当てはめようとする。
程度の差はあれど、同じように子どもを愛しているつもりで、実はその尊厳を踏みにじっている親は、少なからず存在する。そんな親のもとで愛情に飢え、息苦しい日々に狂わんばかりになり、心のなかでこっそりと“卵”を育てている子どももまた……。本作で長編監督デビューを果たしたフィンランドの新鋭ハンナ・ベルイホルムは、そんな普遍的でおぞましい家族の物語を、抜群のビジュアルセンスで、唯一無二のホラーに昇華してみせた。
(C)2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Vast
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