「主人公は善か悪かという対話が生まれた」 イランの名匠アスガー・ファルハディが語る新作「英雄の証明」
2022年4月1日 17:00
イランの名匠アスガー・ファルハディの最新作で、2021年・第74回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した「英雄の証明」が公開された。借金で投獄された主人公の婚約者が金貨入りのかばんを拾った。その金貨を借金返済に充てることもできたが、持ち主だと名乗り出た女性に返したことから、囚人だった主人公は一躍英雄となる。
「別離(2011)」「セールスマン」などでも高く評価されたファルハディ監督の巧みな脚本により、SNSやメディアの影響で主人公が思わぬ事態に巻き込まれて行くさまを、我々観客はスクリーンを通して見届けることになる。普遍的なエピソードから、人間の心の不条理を追求し続けるファルハディ監督がオンラインインタビューに応じた。
かなり以前から新聞でこうしたストーリーを目にしていました。普通の人たちが何か利他的なことをした結果、注目を集めるといった物語です。そうしたストーリーは往々にして類似の特徴を備えています。本作は特定のニュース記事から着想を得たわけではありませんが、私はそうした報道記事を念頭に置いてこの物語を書きました。
報道された実際の出来事のおかげで、最初にぼんやりとした物語が思い浮かびました。何年か経つとはっきりとしたアイデアになりました。私はいつも同じように仕事を進めます。動機や推進力となるものは、イメージや感覚、時間が経つに従って広がって行く短いプロットから生まれます。 時には、こうしたことが、いつの日か脚本の一部になるのだと私が気づかないまま、ただ心の片隅に佇み続けることもあります。
時間は大切な味方です。こうした種子には、自然と消滅するものもあれば、生き残り、成長し、世話をされるのを待つ未完了の作業としてずっと離れずにいるものもあるのです。この時点で、バラバラに書き留めたノートからアイデアが浮かんできます。それから、リサーチを始め、次にどこへ行くべきかを指し示してくれる最初のスケッチが得られるのです。
私が書いた物語のほとんどが私の頭の中でこうして出来上がってきました。最初から明確な始まり、中盤、終わりのある物語を創作したことはないように思います。
多くの人が映画は字幕で見たいと思っていないようです。ですから自分の国の監督は、母国で映画を作ってほしいと望んでいます。他の国で撮影するというのは、革新的であって「あの監督が他の国で撮った場合、どんな映画になるのかな」という期待度はあっても、実際自分の国の言葉で作っていないという理由で作品を見ない人も多いのです。
イランでこの映画を公開した時は、コロナの影響で座席の半分しか空けていない時でしたが、様々な場所で多くの観客を集めました。私の作品は鑑賞後にいろいろな感想が出ますが、この映画の場合は、特に反応が大きく、主人公のラヒムは善か悪かという対話が生まれました。観客が自分の問題のように真実はどうなのか話をしていたのかが面白かったですね。
最初に書いた脚本ではそういった設定はありませんでした。でも、最後に父親が入った刑務所の担当者が無理やり息子の映像を撮るという設定に、吃音症だから言葉で自分の心を表現できないからこそ、同情を買い、そして見る側がそれによって嫌な気持ちになったり、また違う感情が生まれるのでは、と思って書き直しました。
このキャラクターを書くために、吃音症の子たちに会ってリサーチしましたが、そこでわかったことは、彼らは自分の気持ちを表現できない。でも他の人に同情されることが一番つらいことなんだそうです。実はもっと観客が同情を感じるようなシーンを撮っていたのですが、編集の時にすべて削除しました。その最後の最後のシーンで、息子が吃音症ではなくとも、父親が本当は悪い人なんじゃないかと言われる子どもの気持ちを、見る人が同じように感じてほしいと思ったのです。
イランではVPNを利用し、多くの人がTwitterやInstagram、Facebookを使っています。映画の中でのSNSの拡散はテレグラムやWhatsAppになります。イランでものすごく普及しています。
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