濱口竜介監督「ドライブ・マイ・カー」がアカデミー賞受賞の意義
2022年3月29日 16:40
カンヌ国際映画祭から、10カ月。「ドライブ・マイ・カー」の長いジャーニーが、西海岸時間3月27日夜の第94回アカデミー賞で終わった。
昨年5月のカンヌ国際映画祭では、脚本賞を受賞。秋になり、アメリカのアワードシーズンが始まると、最初のゴッサム・アワード以降、ほぼすべての外国語映画賞を制覇してきた。L.A.映画批評家協会、ニューヨーク映画批評家サークル、全米映画批評家協会からは、外国語という壁を乗り越え、作品賞を獲得。今月に入っても勢いは落ちず、インディペンデント・スピリット賞、クリティックス・チョイス・アワード(放送映画批評家協会賞)、英国アカデミー賞も、すべて受賞した。
「この映画と一緒に本当に楽しい旅をさせていただきました。言語の壁を越えて届いたのは、役者さんたちのおかげ。多くの観客に見てもらえたことを誇らしく思っていますし、明日も胸を張っていられると思います」。
オスカー授賞式の前日、現地で行われた会見で、濱口竜介監督は、そう心境を語っていた。「ここまで来られただけで十分嬉しい」「当日は、自分たちの作品がどこまで行くのか見守るだけ」。受賞できるかどうかのプレッシャーはないと、以前の取材でも、濱口監督は述べてきている。「ドライブ・マイ・カー」の国際長編映画賞受賞は、今年、最も確実なことと予想されていたが、それでもオスカーに「絶対」はない。自分の映画のタイトルが呼ばれ、舞台に上がって、「みなさん、取りました!」とオスカー像を両手で掲げた濱口監督の姿は、本当に嬉しそうで、誇らしげだった。
そうやって、最初から最後までずっとトップを走り続けられたのは、実は相当にすごいことだ。オスカーでは、ピークがどこに来るかが重要で、早く盛り上がりすぎると途中で息が絶えてしまうこともある。今年の作品賞を、ここまでずっと一番でい続けてきた「パワー・オブ・ザ・ドッグ」ではなく、この1カ月の間に急速に弾みをつけた「コーダ あいのうた」がかっさらったのは、良い例だろう(オスカーらしい作品ではないように見えがちな『コーダ』の場合、最近になってようやく見たという投票者が多かったようで、ギリギリになって新たな票を獲得したのも大きかったようである)。
しかも「ドライブ・マイ・カー」は、派手なキャンペーンとは無縁なまま、ここまで来ている。そもそも、外国語映画の場合、そんなに宣伝費をかけられないことが多いのだが、投票者の多くが住むL.A.でも、「ドライブ・マイ・カー」の広告はまったく見たことがない。ただ、昨年12月頭に筆者が参加した投票者向け試写は満員だったし、映画を見た業界関係者からは「人生が変わった」という言葉まで聞かれた。まさに作品の力でここまで残り続けたのだ。
今作がそこまで人々を惹きつけたことについて、濱口監督は単純に映画が面白かったからだろうと述べている。そして面白くしてくれたのは演技だと、再び役者たちを絶賛する。だが、話を聞いてわかるのは、濱口監督が、実に丁寧に映画を作っていることだ。たとえば、キャラクターのバックストーリーを考えるというのは監督や役者がいつもやることだが、濱口監督の場合は、そのバックストーリーを、役者に演じてもらうのだという。
「僕が書いたバックストーリーを役者さんに渡し、そこから役者さん自身に発展させてもらう。役者さん自身に考えてもらうのも大事ですが、演出の方向性とずれていてはいけないので。そして、実際にそれを演じてもらうんです。やってみることで、それは解釈ではなく記憶になるんですね。たとえば、家福と音の夫婦の過去も演じてもらいました。過去の記憶を肉体的なレベルで持っているということが、役者さんの演技を助け、セリフがない時に体が発信する情報をより豊かにすると思っています」。
キャラクター同士の関係が近づく時も、現場で役者同士がお互いを知って近づいていける余裕を与えてくれると、主演の西島秀俊は濱口監督に感謝をする。そういった時間のかかるプロセスを許してくれるのは、プロデューサーだ。
「時間がかかればお金もかかる。でも、それが映画の価値になるのだということを、プロデューサーのみなさんがわかってくれている。その結果、この映画ができたんだと思っています」。
「ドライブ・マイ・カー」がどうして世界でここまで評価されたのかについてはいろいろ論じられてきたし、筆者も書いてきた。今、もうひとつ思うのは、これが見えないところまで手をかけ、真の芸術家によって大切に作られたものだからだということ。その背景を知らなくても、それは作品に滲み出るのだ。「ドライブ・マイ・カー」のオスカー受賞は、そんなシンプルなことを教えてくれる。
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