「ハケンアニメ!」実写化をどう感じた? 原作者・辻村深月に響いた製作陣の“真摯な姿勢”
2022年3月25日 18:00
「実写映画化」という一報が流れた時、こんな疑問を抱いたことはないだろうか。
「原作者はどう感じているのか?」
吉岡里帆が主演し、中村倫也、柄本佑、尾野真千子らと共演する「ハケンアニメ!」も“実写映画化作品”だ。原作者は、直木賞作家・辻村深月氏。2021年6月19日に行われた同作の撮影現場には、辻村氏が来訪している。
自らが生み出したキャラクターたちの姿が、俳優陣の芝居によって立ち上がっていく。その光景を目撃した辻村氏は「どう感じているのか?」。本記事では、撮影現場で行われたインタビューをお届けしよう。
映画化のオファーについては、多くの原作者と同様に「嬉しい」という気持ちが芽生えたようだが、その感情は輪をかけるかのように膨れ上がる。要因となったのは、ある人物の存在だ。
「『映像化をしたい』と仰ってくれた東映のプロデューサーさんの“熱量”が凄かったんです。モノ作りをしている立場にとって、共感出来る部分が多々あったようで『自分が映像化しなくては……!』と熱くオファーしてくださった。天才的なクリエイターに振り回される経験、集団でモノ作りをする際に個人の意思だけではどうすることもできない点――小説の中にあったものを『この気持ちがわかるからやりたい。自分事としての映像化にしたい』と仰ってくださり、それが非常に光栄なことだなと思いました」
そもそも「ハケンアニメ!」実写映画化の企画は、2015年からスタートしている。軌道に乗るまでに様々な困難が生じ、2020年には新型コロナウイルス感染拡大の影響で撮影が1年間延期。足掛け7年を経て、遂に日の目を見ることになった作品なのだ。
原作の分量は、長編小説といえるもの。そんなボリュームのある内容を、約2時間尺の脚本にまとめ上げたのは「江戸モアゼル」「レンタルなんもしない人」「ミリオンジョー」「死役所」で知られる政池洋祐だ。辻村氏は「見せて頂いた脚本には、ほとんど指摘するところがなかった」という。
「例えば、原作の流れがおかしくならないように“シーンを丸ごとカットする”という手法をとり、他のパートに時間を割くということもできたはずなんです。でも、そんなことを感じる要素でもきちんと残してくれましたし、『このセリフは大事』という点も汲んでくださったんです」
この日行われた撮影は、地方公務員からアニメ業界に飛び込んだ新人監督の斎藤瞳(吉岡)と、スター監督・王子千晴(中村)が、2人揃って自作のプレゼンに臨むシーンだ。原作で描かれない、映画オリジナルの展開となっている。
「原作では王子単体の会見になっているんですが、映画では瞳と合同にすることで、彼女の思いも描かれています。私が原作で伝えたかった、2人の内なる闘志がより見事に表現されていました。そういうところに感動したんです。原作にはないやりとりですが、確かに『私の書いた王子』でしたし『私の書いた瞳』がいました。そう思えるということは、やっぱり幸せです。私が、映像化の際に期待しているのは『原作そのままの形でやる』ということではないんです。原作の“その先”を見せて欲しいという気持ちの方が強くて、私でも追いきれなかった彼らの生きた言葉みたいなものを、映画化によって見ることができたら、作者としては幸せなことだなと思っています」
また、脚本の内容にGOサインを出したとしても「どんどんブラッシュアップした内容が送られてきた」という。
「取材を経た結果、この展開を膨らませたい。細かいところではあるが、こんなやりとりを入れたい。当初の予定から変更して、原作からこんな形に変更した……常に、私の意見を聞きながら、作品にとって最善となる形を目指してくれました。原作者を納得させられればいいというだけでなく、原作者と一緒になってお客さんの方を向き、より良いものを作っていく。すごく幸せなやり取りでした」
さらに驚きを隠せなかったのは、同年代でもある吉野耕平監督(「水曜日が消えた)の試みだ。日本映画の次世代を担う映画監督を発掘・育成する「若手映画作家育成プロジェクト(New Directions in Japanese Cinema=ndjc)」の2014年度に製作された作品「エンドローラーズ」がきっかけとなり、17年11月にオファーを受けた吉野監督。本作の製作にあたり、徹底した取材を行っている。
「(10年前に)小説を書いた時は、監督さんやアニメーターさん、制作進行のプロデューサーさんといったアニメ業界の方々に取材させていただいたんです。吉野監督は映像化をするにあたって、その時に私が話を聞いた方々に改めて取材に行ってくれているんです。それが本当に嬉しくて。私がイメージしていた方々の話を聞くことで、アニメ業界の現場の雰囲気、原作の持っている要素を大事にしつつ『もう一度原作を書き直す』ような形をとってくれたんだなぁと」
実写映画化の中身に対しては、製作陣に任せるというスタンス。しかし、企画が進行する中で、ある課題が生じた。それが劇中アニメ「サウンドバック 奏の石」「運命戦線リデルライト」の制作だ。“最も成功したアニメ”の称号「ハケン(覇権)」を争うことから、生半可なクオリティでは許されない。
「『アニメを作るためには、相当な努力が必要』『実写パートよりも、アニメパートのスケジュールを仕切り直さないと大変なことになる』ということがわかったんですよね。リクエストとして出さなくても、2本のアニメは当然作ってもらえるんだろうと思っていたので、そこは私としても譲れなかった部分なのかもしれません。その時に嬉しかったのは、アニメとしてのポスター絵があればいい、ただ動いていればいいというのではなく、『ハケン(覇権)』をとるようなクオリティの作品を2本作るというこだわりが、既に現場にあったことです」
劇中で必要とされるのは、各作品数分程度のもの。しかし、キャラクターデザイン、アニメーション監督の手配などを考えると、シリーズアニメを立ち上げる場合と労力はあまり変わらない。
「『ハケンアニメ!』を書いた身としては、今のアニメ業界がこのスケジュールを受け入れる余裕がないということもよくわかります。そんな時に、友人のアニメ監督にこの話をしたら『もし自分がやるとしたら、初回と最終回のプロット、そして全12話で何が起こるのかという構成内容は欲しい』と言われたんです。だったら、そのプロットを書くのは私しかいないんだろうなと。だから、書きました。作ってもらうからには、こっちもこれくらい本気なんだということをわかってもらわないといけないんだ、と覚悟が決まったというか」
そうして、辻村氏は全編使われるわけではないエピソードを含む各12話分のプロットを、約1カ月で書き下ろした。
「サウンドバック 奏の石」で想起したのは、サンライズ制作の「勇者シリーズ」(「伝説の勇者ダ・ガーン」「太陽の勇者ファイバード」など)。
「これが見たくて、習い事の習字をサボったり……。書き直しをしなければならなくなって、最初の15分を見逃し、結果的に習字をやめたいと親に訴えた、小学生の頃の記憶を思い出しました(笑)。それほど子ども時代に楽しみに見ていたアニメを、現代のクリエイターである瞳が作ったとしたら――というのが着想の原点です」
「運命戦線リデルライト」は、辻村氏がこれまで革新的だと感じたアニメ(「少女革命ウテナ」「魔法少女まどか☆マギカ」など)が参考になったようで「アニメファンの中には『これは新しい!』と心を撃ち抜かれた、(歴史が)塗り替わる転機のような作品がいくつかあると思います。その中で自分に刺さった作品を象徴するような作品になればと考えました」とのこと。ちなみに「少女革命ウテナ」は、辻村氏にとって忘れ難き作品だ。
「高校生の頃に見て、衝撃を受けました。視覚的な美しさやストーリーを構成する謎に引き込まれて見ているうちに、そこに強いメッセージ性や比喩が込められていることを知って、度肝を抜かれたんです。何にも似ていない新しさ、映像、音楽の使い方も『これがパイオニアになる』ということなんだと思いました。そのアニメを契機に世界が変わってしまう――そんなことを、高校生の多感な時期に体感できたことは、私の大きな財産です。『ハケンアニメ!』でも一生モノの作品と出合って、業界に入ってきた登場人物が描かれますが、私の中にもそういう思いがある。だから、今でも小説家をやっているんだろうなと思っています」
また、プロットの執筆の過程で、新たな発見もあったそうだ。
「こんなに緻密だったんだなと思いました。小説の展開では『こうなった』とストーリーの結果を書くだけなんですが、そこに至るまでに、登場人物たちに何が起こっていたのか……そんな事を深く考える中で、映画のクライマックスについても『だから、瞳はこうしたくなったんだな』と改めて気づいたりしました。吉野監督もプロットをそのまま使うのではなくて、展開のためにキャラクターを増やしたり設定を変えたりし、さらなる色付けをしてくれました」
「ハケンアニメ!」の製作陣は、数々の困難に見舞われた結果「もう作れないかもしれない」と思った事もあったという。しかし、そんな時に支えとなったのが、辻村氏のプロットだ。ここまで書いてもらったのなら、作るしかない――。辻村氏のプロットは、製作陣の背中を押す役割も果たしていたようだ。
「ハケンアニメ!」の製作体制で一貫していたのは「原作者=スタッフの一員」であるということ。キャスティングに関しても、しっかりと意見を求めている。
「『王子役は誰がいいですか?』と聞かれた時に『中村倫也さん』と伝えていたんです。中村さんが出演された『ヒストリーボーイズ』という舞台を見て『なんて素敵なんだ……』と思っていたので、出演していただけることになった時はとても嬉しくて。王子は、天才的なんですが、実はそういう風に見せたいという自己演出をしている泥臭い人物でもあって。格好いいよりも可愛い方が際立つ。そこを中村さんだったら、存分に演じてくださるんじゃないかと思っていました」
吉岡については「可愛い女優さんと思いきや、実はとても凛々しい女優さんなんだと思っているんです」と分析。「『見えない目撃者』を見た時に、特にそれを感じました。瞳は、内なる闘志を宿している人物。それと眼鏡をしているけど、実は可愛いというのもこだわりポイントです。実は可愛いんですけど、その可愛さに無頓着だし、極力そういう面を出したくないというキャラクターなんですよね。その感じを出してくれた吉岡さんが見られてすごく幸せな気持ちです」と話しつつ、瞳を振り回す敏腕プロデューサー・行城理役の柄本、王子の才能に人生を懸ける名プロデューサー・有科香屋子役の尾野にも言及する。
「香屋子には、屋根の『屋』が入っているんですが、尊敬するクリエイター、仕事相手を守れるような包容力のある人になってほしいと名付けました。尾野さんは、女優としてすごく存在感のある方。そんな尾野さんに“王子を守る”という役を演じて頂けるのは、とても心強かったです。行城の配役は、一番難しいのかもしれません。原作では、良い人なのか、悪い人なのか、わからないという風に読んでいただきたかったんです。敵側にいる時は憎らしい。味方にいても、最後まで考えていることが読めない。でも、気持ちがわかりあえば……という役どころ。柄本さんは、そのどちらともいえない“真ん中”を絶妙な形で演じてくださっています」
話題は作品に参加した声優陣に。「サウンドバック 奏の石」には、梶裕貴、潘めぐみ、木野日菜、速水奨、「運命戦線リデルライト」には、高橋李依、花澤香菜、堀江由衣、小林ゆう、近藤玲奈、兎丸七海、大橋彩香が参加している。
「(名前を見て)くずおれました(笑)。脚本が製本の状態で届いた時、主要キャストの方々のお名前は既に知っていたんですが、まずは脇を固める俳優さんのお名前を見て、台本に突っ伏しました。この人も、あの人も出てくれるのかと……。そして声優さんの欄を見た時も、この方も、あの方も……極めつけは、『奏の石』の声が速水奨さん。世代ど真ん中、我らの時代のヒーローと言えば……という方ですからね。『こんなに幸せな事ってある?』という気持ちでした。他の声優さんも、お若いけれども既にベテラン勢という方々ばかり。それに音楽を池頼広さんが担当してくれることもわかって、もう本当に……。お名前を見て、暫くしてから涙が出てきました(笑)。なんてうれしい未来に来たんだろう、と」
最後に紹介するのは、「ハケンアニメ!」チームの“真摯な姿勢”だ。このエピソードを知れば、辻村氏が製作陣に全幅の信頼を寄せていたことがわかるだろう。
「原作では名字しか決めていなかったキャラクターたちがいるのですが、『下の名前も決めていいですか?』と連絡をいただいたんです。これまで自分の原作を映像化する際、勝手に名前が付くことはありましたし、こんなにも丁寧に許諾を求められた経験はありませんでした。(『ハケンアニメ!』チームは)私が原作でイメージしたものを、物凄く大事にしてくれているその姿勢に驚いたんです。ありがたかったですし、付けて頂いた名前もそのキャラクターらしい。(原作を)相当読み込み、自分たちの世界観をしっかり持ってくれているんだなぁと。とても“愛”を感じる現場だなと思いました」
「ハケンアニメ!」は、5月20日から全国公開。
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