【「ナイトメア・アリー」評論】デル・トロの<異形な者>への執心。二つのモチーフを融合させた語り口が見事
2022年3月12日 14:30

ギレルモ・デル・トロは「パンズ・ラビリンス」(06)や「シェイプ・オブ・ウォーター」(17)で明らかなように、<異形な者>への深い異常なまでの執心がある。一見、おぞましい、醜悪と見做されがちな存在の中にかけがえのない<美と真実>を見出そうとする衝動が脈打っているのだ。
「ナイトメア・アリー」はハリウッド黄金期の名匠エドマンド・グールディングの「悪魔の往く町」(47)のリメイクである。流れ者のスタン(ブラッドリー・クーパー)が旅回りのカーニバル一座で読心術を身につけ、口舌巧みな興行師へと華麗な転身を遂げる。やがて上流階級に取り入って絶頂を極めるが、常軌を逸した野心の果てに失墜してゆく。
メインとなる物語はほぼ原典通りだが、当時はプロダクション・コードによってタブー視され、映像化できなかったカーニバル一座の内部を、デル・トロは嬉々として、あたかも舌なめずりするかのように執拗に描き出す。母親を噛み殺したというホラ話めいた逸話をまとう奇怪な胎児を筆頭に、ホルマリン漬けとなった無数の胎児が陳列された異様な小部屋、鶏の首を食いちぎるギークと呼ばれる獣人、半裸で全身に電流を流して痙攣するエロティックな美女モリー(ルーニー・マーラ)、蜘蛛女などが次々に開陳されてゆく。
このいかがわしくも祝祭的な気分が横溢するシークエンスは、映画作家デル・トロにとって永遠の霊感源ともいうべき、本物の身体的畸形が登場するトッド・ブラウニングの名作「フリークス」(32)へのオマージュである。さらに、スタンに読心術を伝授するジーナ(トニ・コレット)や彼を誘惑し、破滅へと追いやる心理学博士リリス(ケイト・ブランシェット)は、どちらも波打つブロンドの髪が顔を隠すような極端なヘアスタイルが印象的だが、これは40年代に隆盛を誇ったフィルム・ノワールで男たちを失墜させる謎のファム・ファタール(宿命の女)を演じた伝説の女優ヴェロニカ・レイクの髪形を意図的に模倣したものである。
「ナイトメア・アリー」は、読心術という、決して他人に触れられたくない人の心の奥底に深く分け入ってゆく狡猾なセラピーでもある両刃の詐術、そしてタロットカードによる宿命論という二つのモチーフを融合させた語り口が見事である。
「悪魔の往く町」では削除されていたスタンの原罪ともいうべきシーンが冒頭から何度かフラッシュバックされるが、草原にポツンと立つ燃えさかる一軒家のイメージは、アンドリュー・ワイエスの郷愁に満ちた風景画を想起させる。同様に、円環を閉じるように、ラストシーンで流れてくるボブ・エバリーの「アマポーラ」、ホーギー・カーマイケルの「スターダスト」の甘美でノスタルジックな旋律が耳のこびりついて離れないほど印象的である。
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