「ダンサー・イン・ザ・ダーク」リバイバル公開記念、ラース・フォン・トリアーの見るのがつらい映画3作
2021年12月17日 22:00
ラース・フォン・トリアー監督が2000年に発表し、第53回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドール、セルマ役を熱演したビョークが女優賞を獲得した「ダンサー・イン・ザ・ダーク」。現在、デジタルリマスター版でリバイバル公開されており、22年6月での国内上映権利の終了に伴う、日本での劇場最終上映が話題を集めています。その理由は、見る者の心をえぐるような強烈なラスト。「鬱映画」「見るたびに落ち込む」などという、感想がSNSにあふれました。
このデンマークの異才の作品は、高い芸術性とともに、見たくないような人間の暗部まで描き出してしまうのが特徴です。全く救いのない「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に打ちのめされてもまだ、他の作品も見てみたい……というマゾヒスティックなあなたにおすすめの、ラース・フォン・トリアーのつらい映画、現在動画配信サービスで見られる一押しの3作をご紹介します。
なお、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」は新宿ピカデリーほかで公開中、12月24日からBunkamuraル・シネマほか全国で公開。
1970年代初頭、プロテスタント信仰が強いスコットランド北西部の村。信仰心の厚い無垢な女性ベスは、油田で働くよそ者のヤンと結婚する。ベスは遠く離れた油田へ仕事に行ったヤンの帰りが待ちきれず、彼が早く戻ることを神に願うが、その願いは思わぬかたちでかなえられる。ヤンは仕事中の事故で重傷を負ってしまうのだ。ヤンは妻を愛する気持ちから彼女に愛人をつくるよう説得する。エミリー・ワトソンのデビュー作。
保守的な田舎町で育ったベス。純潔が尊ばれる信仰の反動か、結婚式の初夜、というかまだ明るいうちにトイレで誘ったりと、序盤からぐいぐいと夫を性的に求めます。しかし夫は出稼ぎで早々に単身赴任、しかも事故に遭い全身麻痺となり、性的能力を失って帰還します。おそらく脳にもダメージを受けてしまったのか、ヤンはベスに、他の男性との行為を聞かせてくれれば、自分は生きられるのだと残酷な要求をするのです。
ベスは裸になってヤンの主治医を誘ったり、バスで痴漢行為をしたり、最終的には村の男たちに肉体を提供するようになります。もちろん、すべてヤンへの愛のため。もともと精神的に不安定だったベスの行動は、能動的でありながらもまったく喜びを感じておらず、涙を浮かべる姿を見せられるつらさ。信じているはずの神の家からは地獄行きを宣告され、村人からは石を投げられます。キリスト教批判を描いていますが、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」同様、トリアー監督はどんなにひどい目に遭っても底なしの愛を貫いてくれる、聖母のような女性を求めているようにしか思えません。“奇跡”が起こるのかどうかは本編でご確認ください。この作品を究極の純愛ストーリーととるか、寝取られ願望のある夫の異常な性癖(モラハラ)の物語ととるかは、見る方の心次第です。
ウィレム・デフォーとシャルロット・ゲンズブール主演で描くサイコスリラー。セックスの最中に幼い息子を事故で亡くした夫婦。愛する息子の死をきっかけに心を病んでしまった妻を療養させるため、セラピストの夫は彼女を森の山小屋へと連れて行く。2009年カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、過激な性描写などで物議を醸した問題作。
こちらも夫婦の性と愛をテーマにした作品です。映画は美しく芸術的なモノクロームのセックスシーンからスタートしますが、すぐに見る者をどん底気分に突き落とします。子どもを亡くした精神を癒すために、ふたりの楽園(エデン)だという森の中で過ごすふたり。しかし妻は女としての自分自身、そして不注意で我が子を失った母としての葛藤に苛まれます。夫はセラピストですがその治療の効果はあまりなく、じわじわと妻の秘密と狂気がにじみ出てくるのです。
精神を病んだ妻が夫の脚に穴をあけボルトで重石を固定、さらには互いの性器切断など、ホラー映画も真っ青なゴア描写が続きます。タイトルでもわかるように、こちらもキリスト教がテーマで、まるで、この悲劇はアダムとイブのセックスが元凶だといわんばかりに、様々なエピソードが聖書から引用されています。目を覆いたくなるような物語の一方で、森の木々や燃えさかる火など自然を捉えた映像表現は素晴らしく、この映画は「タルコフスキーに捧ぐ」と記されています。タルコフスキーが生きていたらどんな反応をしたのかが気になるところです。
女性のセクシュアリティをテーマに、強い性的欲求を抱えた女性の半生を2部作で通して描いた。ある冬の夕暮れ、年配男セリグマンは、怪我をして倒れていた女性ジョーを見つけ、自宅に連れて介抱する。怪我が回復したジョーに何があったのか質問するセリグマンに対し、ジョーは幼い頃から抱いている性への強い関心と、数えきれない男たちと交わってきた数奇な物語を語り始める。
主人公ジョーの異常な性的欲求と、不幸な身の上を題材にしつつも、見ているだけで様々な哲学的教養やトリビアを得られるユニークな作品です。ジョーの少女時代を演じるステイシー・マーティンとともに、「アンチクライスト」「メランコリア」に続いてシャルロット・ゲンズブールが起用されています。ふたりの女優の清楚な雰囲気のおかげか、ヌードや過激な性描写も卑猥さを感じさせない美しさがあり、逆に異常な物語が際立ちます。
2部作を通して語られる、ジョーの性への執着と遍歴は悲劇を通り越えたコメディのようにも描かれ、これまでの作品に比べ鬱度は低いのですが、この映画のキーパーソンはステラン・スカルスガルドが演じる、荒俣宏さんばりの博識な初老紳士セリグマン。行き倒れになったジョーの身の上話を聞いて親身になって心配し、圧倒的な知性と理性で、身も心もボロボロになったジョーを救おうとします。ネタバレは避けますが、ぜひ最後までご覧になって、救いようのない絶望と虚無を味わってください。
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2012年に逝去した若松孝二監督が代表を務めていた若松プロダクションが、若松監督の死から6年ぶりに再始動して製作した一作。1969年を時代背景に、何者かになることを夢みて若松プロダクションの門を叩いた少女・吉積めぐみの目を通し、若松孝二ら映画人たちが駆け抜けた時代や彼らの生き様を描いた。門脇むぎが主人公となる助監督の吉積めぐみを演じ、「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」など若松監督作に出演してきた井浦新が、若き日の若松孝二役を務めた。そのほか、山本浩司が演じる足立正生、岡部尚が演じる沖島勲など、若松プロのメンバーである実在の映画人たちが多数登場する。監督は若松プロ出身で、「孤狼の血」「サニー 32」など話題作を送り出している白石和彌。
若松孝二監督が代表を務めた若松プロダクションの黎明期を描いた映画「止められるか、俺たちを」の続編で、若松監督が名古屋に作ったミニシアター「シネマスコーレ」を舞台に描いた青春群像劇。 熱くなることがカッコ悪いと思われるようになった1980年代。ビデオの普及によって人々の映画館離れが進む中、若松孝二はそんな時代に逆行するように名古屋にミニシアター「シネマスコーレ」を立ち上げる。支配人に抜てきされたのは、結婚を機に東京の文芸坐を辞めて地元名古屋でビデオカメラのセールスマンをしていた木全純治で、木全は若松に振り回されながらも持ち前の明るさで経済的危機を乗り越えていく。そんなシネマスコーレには、金本法子、井上淳一ら映画に人生をジャックされた若者たちが吸い寄せられてくる。 前作に続いて井浦新が若松孝二を演じ、木全役を東出昌大、金本役を芋生悠、井上役を杉田雷麟が務める。前作で脚本を担当した井上淳一が監督・脚本を手がけ、自身の経験をもとに撮りあげた。
19世紀イタリアで、カトリック教会が権力の強化のために7歳になる少年エドガルド・モルターラを両親のもとから連れ去り、世界で論争を巻き起こした史実をもとに描いたドラマ。 1858年、ボローニャのユダヤ人街に暮らすモルターラ家に、時の教皇ピウス9世の命を受けた兵士たちが押し入り、何者かにカトリックの洗礼を受けたとされるモルターラ家の7歳になる息子エドガルドを連れ去ってしまう。教会の法に則れば、洗礼を受けたエドガルドをキリスト教徒でない両親が育てることはできないからだ。息子を取り戻そうとする奮闘する両親は、世論や国際的なユダヤ人社会の支えも得るが、教会とローマ教皇は揺らぎつつある権力を強化するために、エドガルドの返還に決して応じようとはせず……。 監督・脚本は、「甘き人生」「愛の勝利を ムッソリーニを愛した女」「シチリアーノ 裏切りの美学」などで知られるイタリアの巨匠マルコ・ベロッキオ。教皇ピウス9世役はベロッキオ監督の「愛の勝利を ムッソリーニを愛した女」にも出演したパオロ・ピエロボン。2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。
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文豪・田山花袋が明治40年に発表した代表作で、日本の私小説の出発点とも言われる「蒲団」を原案に描いた人間ドラマ。物語の舞台を明治から現代の令和に、主人公を小説家から脚本家に置き換えて映画化した。 仕事への情熱を失い、妻のまどかとの関係も冷え切っていた脚本家の竹中時雄は、彼の作品のファンで脚本家を目指しているという若い女性・横山芳美に弟子入りを懇願され、彼女と師弟関係を結ぶ。一緒に仕事をするうちに芳美に物書きとしてのセンスを認め、同時に彼女に対して恋愛感情を抱くようになる時雄。芳美とともにいることで自身も納得する文章が書けるようになり、公私ともに充実していくが、芳美の恋人が上京してくるという話を聞き、嫉妬心と焦燥感に駆られる。 監督は「テイクオーバーゾーン」の山嵜晋平、脚本は「戦争と一人の女」「花腐し」などで共同脚本を手がけた中野太。主人公の時雄役を斉藤陽一郎が務め、芳子役は「ベイビーわるきゅーれ」の秋谷百音、まどか役は片岡礼子がそれぞれ演じた。