「パワー・オブ・ザ・ドッグ」カンバーバッチらがコロナ禍での製作で体得した連帯感
2021年12月2日 10:00

ジェーン・カンピオンは、やはり現代映画界が誇る優れたアーティストだった。2009年の「ブライト・スター いちばん美しい恋の詩(うた)」以後、初の長編映画となる「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は、彼女の類稀なる才能をあらためて証明する。(取材・文/猿渡由紀)

物語の舞台は、1920年代のモンタナ州。牧場を共同経営するフィルとジョージは、性格が正反対の兄弟。弟ジョージがシングルマザーのローズと恋に落ち、結婚したのが気にくわないフィルは、ローズに対していじめとも言える行動を取り続ける。その辛さに耐えられず、ローズは酒に溺れるように。ある時からフィルがなぜかローズの息子ピーターの面倒を進んで見るようになると、彼の真意はどこにあるのかと、母である彼女の不安はますます強まる。
原作はトーマス・サベージが書いた同名小説。じわじわとした恐ろしさが迫り、観終わった後も強い余韻が残る優れた心理スリラーだ。原作小説を読んだ後、カンピオンも同じように感じたと、米ロサンゼルスで行われた会見で彼女は語った。

主人公のフィル役に抜擢されたのは、ベネディクト・カンバーバッチ。今年日本公開された「クーリエ 最高機密の運び屋」「モーリタニアン 黒塗りの記録」でも複雑で層のあるキャラクターを見事に演じてみせた彼だが、この役のためには多くの準備が必要だったという。

「乗馬とか、口笛の吹き方とか。牧場でやること全般だ。フィルは手先が器用でいろいろなものを作るので、その練習もしたよ。馬の靴も作った。どの馬の足にもはまらないと思うけれど、まあ、お土産だね。でも、一番大変だったのは、嫌な奴になること(笑)。僕は人にナイスにするタイプだから、それを忘れなければいけなかった」と、カンバーバッチ。清潔好きなジョージと違い、フィルは風呂もろくに入らず汚いため、カンピオンに「1週間シャワーを浴びないように」と命じられたとも明かす。
「そんな中で、ジェーンは僕らを食事に連れて行ってくれたんだ。お店の人たちは映画に関係がないのに迷惑だろうなと居心地が悪かったね。僕の体臭がきついから、みんな僕から距離を置くのがわかったよ」と、カンバーバッチは振り返って笑う。

カンバーバッチはまた、この役のために初めて夢の分析の専門家に会ったとのこと。カンピオンに勧められたそうで、「その女性は、僕らの潜在意識の中にあるものを導き出してくれるんだ。自分で気づかなかったそれらのことを、役に共感するために使うんだよ。だけど、僕の夢に比べてジェーンの夢は素敵なんだよね(笑)。僕は『家の鍵を忘れた! しまった!』なんて夢を見るのに、ジェーンは美しい花の夢を見ていたりする(笑)。とにかく、これほどまでに監督と一緒にひとつの役を作っていったのは初めてだった。」(カンバーバッチ)。

現場では、そうやって作り上げたキャラクターに浸りきって過ごした。
「ジェーンはクルーにも、『こちらがフィルです』と僕のことを紹介したんだ。『ベネディクトは良い人です。撮影が終わったら、彼に会えますよ』とね。それは本当に手助けになったよ。そうやってみんなが僕のために協力してくれたのさ。現場にいる間、僕はずっと役から出ないようにしていた。1日が終わり、帰宅する途中で、少しずつフィルの皮をはがしていき、家に着いたらビールか、時にはもっと強いものを飲みつつ、自分に戻る。それは良い気分だったよ」(カンバーバッチ)。

ローズを演じるのは、キルステン・ダンスト。ジョージ役のジェシー・プレモンスとは、私生活のカップルでもある。ふたりが恋に落ちる過程は、この映画には稀な明るいシーンだ。その後のローズには、ひたすら地獄の日々が待っている。
「ローズは古風な女性。自分に何が起きているのかを伝えることで夫に迷惑をかけたくないと思っている。彼女はひたすら感情を抑え込む。その結果、アルコールに頼るようになって、家にこもってしまうの。それがさらに彼女を孤独にする。私はその心境を理解する必要があった。今の私とローズは全然違うところにいるから、昔のことを思い出して使うこともしたわ。自分自身のことが嫌でたまらなかった頃に向き合うのよ。役を演じる時はいつもそうだけれど、今回も心理カウンセリングを受けるような体験になったわね」と、ダンスト。ローズがそのように苦しむのはすべてフィルのせいであるため、現場でダンストとカンバーバッチはお互いと距離を置くようにしていた。

「一緒に現場にいないといけない時は、おしゃべりしないと私たちは決めていたの。うっかり『ハーイ』と言いかけて飲み込んだりしたこともあるわ」とダンストが言うと、カンバーバッチも「僕は僕で君を怖がらせようと努力していたよ」と応じる。一方で、フィルとジョージの関係も、非常に興味深い。横暴でわがまま、いじめっ子体質のフィルが何を言っても、冷静で優しいジョージはうまくあしらい、喧嘩になることはないのだ。「そこは僕もよくわからなかったところなんだよ」と、プレモンス。
「フィルが引っ掛けようとしてきても、ジョージはその罠にはまることはない。どうして彼にそれができるのかと考えていたが、リハーサル中、即興をやっていてピンと来たんだ。ジョージとフィルは、いわば共依存の関係にあるんだよ。それにジョージはフィルのことを両親以上によく知っている。受け身だけれど、絶対に乗せられることのない、このキャラクターを演じるのは楽しかったね」(プレモンス)。

そんなキャストと監督は、この映画で普通とは違った大きな体験をしている。今作はパンデミックの真っ最中に撮影されたのだ。ロケ地はニュージーランド。撮影が一時中止された時も、再開した時にすぐ戻ってこられないかもしれないと恐れ、キャストはニュージランドにとどまったという。
「その連帯感が、仕事に良い影響を与えたと思う。この仕事をさせてもらえている自分たちはいかに幸運なのかと改めて感じたしね。もっとも、それを忘れたことはないんだけれども。とにかく、この撮影は、とりわけ深い体験を与えてくれた。フィルというキャラクターも、これまで演じたどのキャラクターよりも、奇妙な形で強く僕の中に残っているよ」(カンバーバッチ)。

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