【「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」評論】アートの世界の複雑怪奇さと、そこで暗躍する魑魅魍魎たち
2021年11月21日 14:30
このドキュメンタリーは衝撃的でした。アート業界の謎と秘密、取引に関する驚きのカラクリが鮮やかに暴かれていき、好奇心がガンガン刺激されます。登場人物もアート関係者にとどまらず、世界有数の大富豪やハリウッドスター、さらには国の大臣や大統領と絢爛豪華。しかし、映画の主人公は1枚の絵「サルバトール・ムンディ」なのです。この、たった1枚の絵をめぐる狂想曲が実に面白い。
映画のテーマは2点。「サルバトール・ムンディは、本当にレオナルド・ダ・ビンチが描いた真作なのか?」そして「アートの世界の複雑怪奇さと、そこで暗躍する魑魅魍魎たち」です。
ここでは、後者について記していきます。サルバトール・ムンディの所在は、ザックリ次のように変遷します。「ルイジアナの所有者」→「NYの画商」→「買い主A」→「クリスティーズ」→「買い主B」。そして、この変遷を経て、もともと1200ドル(約13万円)ぐらいだった絵の価格が、4億5000万ドル(約500億円)まで跳ね上がるのです。しかもその間「ダ・ビンチの真作である」という鑑定結果の担保はかなり怪しい状態。
この映画において、重要なポイントは2箇所。まずは「NYの画商」→「買い主A」のディールのところ。この「買い主A」には「右腕と呼ばれる男」なる代理人がいます。買い主のリクエストに応じて売り物を探し、売り物を購入する際には、売り主との価格交渉を行います。ディールがまとまれば、絵画の輸送や保管なども担います。
「右腕の男」は、NYの画商と交渉の結果「1億2500万ドルでムンディを購入できた」と買い主に報告します。しかし実際には彼は、8350万ドルでディールをクローズした。つまり、4000万ドル過剰に報告し、その差額を自らの懐に入れていたのです。驚くのは、この「右腕の男」が堂々とこの映画に登場していて、何の罪悪感も示していないこと。「通常の商習慣の枠内だ。何一つ悪いことしてないよ」って。
「買い主A」は騙されたことを後から新聞記事で知り、「右腕の男」を訴える。一方で、ムンディを手放すことを決めます。新しく雇った代理人を通じて、クリスティーズのオークションに出品するのです。この一連のアクションで「買い主A」の正体が周知の事実となってしまった。通常、誰が買ったかは厳重に秘匿されるのに。
ふたつ目のポイントも同じです。「買い主B」がクリスティーズのオークションで、史上最高値の4億5000万ドルでムンディを落札するのですが、これもまた、新聞へのリークで誰が買ったのかバレてしまう。
詳細には触れませんが、ムンディ案件は最終的に、外交問題にまで発展します。そして2021年11月現在、この絵はどこにあるか分かりません。
映画に登場するジャーナリストの言葉が印象に残ります。「美術界は秘密だらけだ。不透明で規制がない。いかがわしい闇の王国だよ」まさにこの映画をひと言で表しています。しかし、人々はみな美術品に心奪われるというのもまた事実。映画に一瞬だけ登場する、レオナルド・ディカプリオの表情がそれを代弁しています。
果たして、「サルバトール・ムンディ」が世界のどこかの美術館でお披露目される日は来るのでしょうか。その時が来るとするなら、この映画が投げかけている疑問について、どんな結論が出ているのか楽しみです。
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