【「聖地X」評論】“記憶”の正体を問いかけながら、入江悠が個性を殺さず伝えたかった真意
2021年11月7日 11:00
本編冒頭から拭えぬ違和感は、今作がオール韓国ロケで撮影されたからという理由だけでは説明がつかない。これは観る者が抱く入江悠という映像作家の“記憶”を、入江本人が自らちゃぶ台を引っ繰り返して消そうとしていることに起因する。どこで撮ろうが、どんな題材を手がけようがアップデートを繰り返す貪欲な個性が、「安住」を許さぬからこそ招いた事態といえるのではないだろうか。
「聖地X」は、劇作家・前川知大が率いる劇団「イキウメ」の人気舞台を映画化するもの。2010年に初演された際のタイトルは「プランクトンの踊り場」で、鶴屋南北戯曲賞などを受賞している。これをブラッシュアップして再演したものが表題作になるわけだが、底知れぬ胸騒ぎを舞台空間で結実させた前川の個性が、「太陽」に続き2度目のタッグとなる入江監督の世界観に紛れることで、まるでドッペルゲンガーのように作品世界を独り歩きするようになる。
科学的な根拠の有無はともかく、ドッペルゲンガーと呼ばれる奇怪な現象は「世の中には自分にうりふたつの人が3人存在する」「自分と姿かたちが一緒の存在を目撃すると死んでしまう」といった俗説にまみれ、世界中のクリエイターたちの好奇心を刺激し続けてきた。これまでに数多くの映画の題材にもなってきたが、観客は今作で一味異なるドッペルゲンガーを目の当たりにする。
本編では、夫との生活に嫌気がさし離婚を決意した要(川口春奈)は、日本を飛び出して兄の輝夫(岡田将生)が暮らす亡き父の遺した別荘へ向かう。輝夫は妹の突然の来訪に驚きながらも、要の傷が癒えるまでは共同で生活することにするのだが、ここまでは、あくまでも序章である。要が着の身着のまま街をさ迷い歩く夫の滋(薬丸翔)を追いかけるうち、巨木と井戸が目印の奇妙な力の宿った未知の土地に知らずに足を踏み入れてしまう。その場所こそが「聖地X」で、輝夫と要は土地に根付く奇妙な力から解放されるために恐怖と対峙していく。
今作で描かれる恐怖は、いわゆるホラー的な要素とは趣が異なり、「こういうことであれば起こり得るかも?」と思わせる類のもの。パワースポットで説明しようのない気配を感じるのと同質ともいえる、畏怖の念をどう捉えるかで解釈の幅が広がりを見せてくる。ただ、スピリチュアルな方向へ舵を切るのではなく、思い込みが形になり現実を歪ませていくことで古典ホラーの方程式は踏襲している。「記憶」とは情報なのか、実在する生身のものなのか……という問いかけに意識を向けたとき、入江が今作で何を伝えたかったのかが見えてくるはずである。
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