【ホラー映画コラム】「テイキング・オブ・デボラ・ローガン」有象無象のファウンドフッテージホラーとは一線を画す、一見の価値がある逸品
2021年10月29日 20:00
Twitterのホラー界隈で知らぬ者はいない人間食べ食べカエル氏(@TABECHAUYO)によるホラー映画コラム「人間食べ食べカエル テラー小屋」では、“人喰いツイッタラー”が、ホラー映画専門の動画配信サービス「OSOREZONE」の配信中のオススメ作品を厳選し、その見どころを語り尽くす! 今回は、食べ食べ氏が、主演女優を評して「アカデミー賞をあげたいくらい。「ファーザー」のアンソニー・ホプキンスに匹敵する熱演」と語る「テイキング・オブ・デボラ・ローガン」をご紹介。
ミア(ミシェル・アン)たち医学生グループは、卒論を書くためアルツハイマー型認知症と診断された老女のデボラ(ジル・ラーソン)とその娘を取材することに。彼らは田舎町の人里離れた場所にある家で過ごす二人のもとへと訪れ、日々の姿をカメラに収めていく。だが次第にデボラに異変が起き始める。とつぜん人が変わったように狂暴化したり、奇妙なことを話すなどの奇行を繰り返すようになったのだ。それだけなら病気の進行によるものかと思うが、やがてアルツハイマーでは説明のつかないような恐るべき現象が発生する。果たして彼女は本当に認知症なのか。それとも、超常的な何かに蝕まれているのか……。
人気シリーズのフィナーレを飾る「インシディアス 最終章」や、デスゲームをカジュアルなノリで描いた「エスケープ・ルーム」シリーズなど、立て続けにスマッシュヒットを飛ばす新鋭ホラー監督アダム・ロビテルが2014年に手がけたファウンドフッテージ系のホラー映画である。認知症をホラーに絡めた作品では、今年公開された「レリック 遺物」が記憶に新しい。ホラーではないが認知症による記憶の混濁をスリラー風に描いた「ファーザー」もアンソニー・ホプキンスの熱演もあり大いに話題となった。本作はそれらの先駆けとも言える作品だ。
序盤から中盤までは、認知症に蝕まれる女性とその周りの人たちの姿が丁寧に描かれる。ここは、そのまま医療ドキュメンタリーにできそうなクオリティだ。そこから次第に常軌を逸した出来事が起きていくのだが、病気か?それとも……と、すぐにはどっちに転ぶか分からない作りが恐怖を倍増させている。日常と非日常の織り交ぜ具合がとにかく絶妙なのだ。そのため、突飛な怪現象が起きても生々しさやリアリティが損なわれることがない。何も起きてなくても不穏だし、何か起きたらちゃんと怖い。一見当たり前に思えるが、これが出来ている作品は実は少ない。実在の病気とホラー要素を両立させた脚本を完成させるまでには2年もかかったらしいが、それも納得の仕上がりだ。
脚本だけでなく、デボラ役のジル・ラーソンによる演技も素晴らしい。ファウンドフッテージ系の作品では、いかに嘘くさくない演技をするかが重要だ。下手に劇映画的な大仰な演技をすると一気に観客がしらけてしまうし、かといって棒読みも違う。普通の映画とは別ベクトルで高度な技術が求められる。だが、彼女は観客に違和感を抱かせず、取材映像という体裁の中で、認知症orデビル状態の老女という無茶苦茶なキャラクターを自然に演じ切っているのだ。彼女のおかげで、こちらもスムーズにカメラの向こうの展開に没入することができる。謎の行動を起こす背景が徐々に明らかになるにつれ、また新たな一面が見えてくる複雑なキャラクター像を完璧に成立させている。個人的には、ジルにアカデミー賞をあげたいくらいだ。これ、「ファーザー」のアンソニー・ホプキンスに匹敵する熱演だと思いますよ。
肝心の主観映像を活かした恐怖描写についても触れておきたい。これもかなり冴えている。ジェームズ・ワン&リー・ワネルという偉大過ぎるホラー神たちからバトンを引継ぎ、見事にインシディアスの物語をゴールに導いたアダム・ロビテルの才能は、本作で既に十分に発揮されている。見どころは多いが、やはりハイライトは終盤の、舞台が洞窟に移ったところで出てくるあのビジュアルだろう。手持ちで揺れるカメラが少しずつ移動していくと、遠くに異形の影が映る。それにズームアップすると、とんでもないものが姿を現す!! ここの映像は本当に禍々しい。さりげない映し方も相まって、本当に見てはいけないものが目の前にある感覚が味わえる。この場面だけやたら有名なので、本編は未見だけどここだけ見たことあるという方も多いはず。通して観るとまた違う味わいがあるので、是非この機会に全て目に焼き付けてほしい。
アダム・ロビテル監督は、本作を認知症への恐れがきっかけで作り上げたと語っている。認知症と正面から向き合い、それをホラーの形に昇華した恐ろしくも悲しい物語は、有象無象のファウンドフッテージホラーとは一線を画すものとなっている。一見の価値がある逸品だ。
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