【インタビュー】志田彩良と井浦新が覚えている、自分史上一番古い記憶
2021年10月13日 13:00
「かそけきサンカヨウ」というタイトルを目にし、長年の習慣ですぐに辞書で「かそけき」の意味を調べるところから始めた。「【幽けき】今にも消えてしまいそうなほど薄い、淡い、あるいはほのかな様子を表す語」で、古語「幽けし」の連体形だという。サンカヨウは、普段は白く可憐な花だが、雨に濡れると透明に変化する「山荷葉」のこと。別名“スケルトンフラワー”と呼ばれ、花言葉は「親愛の情、幸せ、清楚な人」。さて、この儚げなタイトルの映画に主演した志田彩良と父親役の井浦新は原作者・窪美澄氏の思い、メガホンをとった今泉力哉監督の思いをどう掬い取ったのだろうか――。(取材・文・写真/大塚史貴)
志田「私も『かそけき』という言葉、サンカヨウの花について、この作品を通して初めて知ったので辞書やネットで調べるところから始めました。雨に濡れるとどんどん透明になっていくということが、私の演じた陽が外からの刺激を受けてどんどん内面が綺麗になっていく姿と重なっているのかなと思いました」
井浦「僕も『かそけき』という言葉は初めて知ったので、すぐに調べました。サンカヨウの白い花については知っていましたが、『かそけき』との繋がりについてすり合わせをすることなく撮影に入ったので、仕上がった作品を観た時に全てが一致したというか、腑に落ちました。儚く消えてしまいそうなほど透き通った、青々とした若者たちの関係性、家族との関係性や思いというものが、タイトルにきちんと込められているなと感じました」
かつて「色の付いていない、何色にも変身できる役者になりたい」と語っていた志田だけに、サンカヨウの花は親近感のわく存在になったのではないだろうか。「素敵な作品との出合いですね。サンカヨウのような女優になりたい……。そういうタイトルの作品に主演したわけだから、それは一生言い続けてもいい権利を得たと解釈しても良いんじゃないかな」という井浦の穏やかな語り口に、志田ははにかんで見せる。
今作は、窪氏の短編集「水やりはいつも深夜だけど」に所収された同名小説を映画化。芸能事務所・テンカラットの設立25周年企画の第2弾として製作された。高校生の国木田陽(志田)は、幼い頃に母・佐千代(石田ひかり)が家を出てからは父・直(井浦)と暮らし家事もこなしていたが、父の再婚相手である美子(菊池亜希子)、連れ子・ひなたと暮らすことになり、生活は一変する。同じ美術部に所属する陸(鈴鹿央士)に戸惑いを打ち明けた陽は、思いを募らせていた画家・佐千代の個展に陸と一緒に行く約束をする……。
7月に22歳の誕生日を迎えたばかりの志田にとって、今年は大きな飛躍の年となった。4月期にテレビ東京の「ゆるキャン△2」に斉藤恵那役、TBSの日曜劇場「ドラゴン桜」に小杉麻里役でレギュラー出演を果たし、確かなインパクトを放ったことは記憶に新しい。
志田「考え方が変わってきたな…という実感はあります。それは、『ドラゴン桜』で共演させていただいた阿部寛さんや長澤まさみさんから受けた影響もあります。でも一番は、同世代の方々から受けた刺激が大きいです。今までの現場は自分ひとりで考えて役を作っていくことが多かったのですが、この現場は皆と役についての思いを話し合うことが凄く大事なんだなと気づかされました。今後も、もっと積極的に取り組んでいきたいなと感じています」
さらに、「ドラゴン桜」で東大専科のクラスメイトとして共演した鈴木央士が、今作では陽の淡い恋の相手となる同級生の清原陸として出演している。撮影の順としては「かそけきサンカヨウ」を経ての「ドラゴン桜」だったようだが、志田にとってこの“共闘”は、大きな刺激になったことは想像に難くない。
志田「続けての共演だったので、鈴鹿君と話すことは多かったかもしれません。初めて自分の意見をきちんと伝えられる同い年の役者さんと出会えて、いろいろ相談できる存在というのは心強いなと思いました。『ドラゴン桜』はスタッフさんの熱量もすごい現場で、このようなタイミングでご一緒させてもらえたことは、自分にとってすごく大切なものとなりました」
一方の井浦は、近年も俳優として精力的に活動しており、今年も映画の公開作品は5本を数える。だが、今泉組は初参加となった。現場で目にした今泉監督の姿に、胸を打たれたようだ。
井浦「今泉作品はほとんど拝見してきていますが、今泉監督の“ぶれなさ”をずっと感じていました。ぶれなさって、意識の強さでもある。作品を観てきているからこそ、今泉監督が現場の中心でどのような映画作りをされているのか……というのを味わうことが楽しみだった。今泉監督は気づいたら、ずっと悩んでいました。向き合う俳優が目の前にいるが、ずっと脚本と向き合っていた。その苦しむ姿が、僕はすごく信頼できるなと感じたんです。撮影中、ずっと自分と闘い続けているんですよ。その姿に、僕は心を打たれた。今泉組でどう作品の世界を生きるのか考えたときに監督と話したいことはたくさんあったんですが、楽しそうに苦しんでいる姿を目にして、論理的な会話ではなくテストで演じてみて、感じ合えたことを通して会話をしていくべきじゃないかと思ったんです。色々なことを受け入れてくれる大きさも感じられたので、欲を言えばもっともっと今泉監督の世界観に触れていたかったですね」
そして今作は、ふたりが所属するテンカラットの設立25周年を記念して製作された2本目の映画でもある。1本目は熊澤尚人監督がメガホンをとり、深川麻衣が主演した「おもいで写眞」。志田にとっては「ひかりのたび」以来、4年ぶりの主演作が会社の周年記念映画となったことに、気負いなどはなかったのだろうか。
志田「特に意識せずに向き合いました。ただ、撮影が終わった段階で初めて肩の荷が下りる感じがしました。きっと、自分でも気づかないうちにプレッシャーを感じていたのだと思います。25周年で製作した、すごく大切な作品に主演という形で関わらせていただいて、貴重な経験をさせていただいたと実感しています」
劇中で大人の階段を早く駆け上がらざるを得なかった陽に対して、私生活でも父親ある井浦ならば、どのような言葉をかけるだろうかと思いを馳せてみる。
井浦「親ならば申し訳なさは感じるでしょうし、(自身が演じた)直のように紳士的に優しく謝ることも大事なんでしょうね。『生まれて来てくれてありがとう』という気持ちが大前提としてあるなかで、親と子どもの歩んできた過程がどのようなものであれ、それ以上でも以下でもないわけです。この直と陽の親子にしたって未熟なところも、豊かなところもたくさん持ち合わせている。子どもが階段を早く駆け上がってしまったというのも、プラスに考えることだって出来るじゃないですか。この作品に登場する様々な家族って、我が家の話でもあり、隣の家の話でもある。特別じゃないからこそ、特別な見え方にはしたくなかった。僕個人であれば、早く駆け上がっていく事に対しては、なんならどんどん駆け上がれ! 止まるな! と思うかもしれません。その分、苦しみや辛さを早く感じてしまうかもしれないけれど、順番がちょっと違うだけで皆が通る道ではあるから、それはそれで良いのかなと思っています」
また本編では、陽が「自分史上一番古い記憶って何か覚えてる?」と同級生の陸に問いかけるシーンがある。陽は、母・佐千代と過ごした幼少期の記憶を思い出していく……。ふたりにとってどのような記憶が残っているのか、辿ってもらった。
井浦「今となってはそう思い込んでいる部分もあるのかもしれない。(銀幕デビュー作となった)是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』という映画にも関わってくる。記憶を辿っていったとき、父の故郷・山形の雪景色というのがずっと残っているんですよね。雪がしんしんと降りながら、“無音”という静かな音があるんです。その真っ白い雪景色のなかでいるのが、一番古い記憶なのかもしれません」
志田「私が幼稚園に入る前なので、2歳くらいだったと思います。母に抱っこされていたんです。母は友人と電話で話をしていたのですが、母の体から伝わってくる声というのが強く印象に残っていて……。小さい頃の記憶をいろいろ思い浮かべてみたのですが、いつもその記憶を思い出します」
時間が許すならば、今泉監督をはじめ出演している鈴鹿、菊池、石田らに「一番古い記憶」を聞いて回りたいほどに興味が尽きないテーマといえるのではないだろうか。劇場で鑑賞後、誰とどのような記憶の会話を繰り広げるのか、志田と井浦の知的好奇心も疼いているに違いない。
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