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「Arc アーク」石川慶監督が明かす、芳根京子が“特別”な理由 二人三脚で挑んだ難役を語る

2021年6月26日 13:00

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芳根京子(左)、石川慶監督(右)
芳根京子(左)、石川慶監督(右)

「演技のひきだし」という言葉がある。俳優の演技力の高さ――特に表現の多彩さを形容するための言葉である。確かにないよりはあった方がいいだろう。だが石川慶監督は、芳根京子のすごさは、彼女の“内側”に存在するひきだしの数ではなく、むしろ「“外”からインスピレーションを引っ張ってくることができるところ」にあると語る。そして、それこそが映画「Arc アーク」(公開中)において、誰も経験したことのない人生を歩むことになる主人公・リナという役を芳根に託した理由でもある。本作で異次元とも言える凄まじいまでの演技を見せている芳根。“永遠の若さを手に入れた女性”を現場でどのように作り上げていったのか?(取材・文・写真/黒豆直樹)

世界的注目を集める人気SF作家ケン・リュウの短篇小説を原作に、最新のストップエイジング技術による施術で、世界で初めて永遠の若さを手に入れた女性・リナの人生を描く本作。芳根は17歳にはじまり、30代で不老処置を受け、その後、見た目は30代のまま50代、80代と年齢を重ねていくリナを演じている。

画像2(C)2021映画「Arc」製作委員会

最初に石川監督からリナ役のオファーが届いた時、作品の面白さに心惹かれつつも一度、そのオファーを断ったという。

芳根「すごく素敵な作品だという思いは強くありました。だからこそ、その時の自分では力不足だと感じたんです。実力、年齢、経験のどれも及ばないんじゃないかと。『どうしてこの役を私に?』『石川さんはどんな思いでいるのか?』と考えてしまって、お断りするにしても一度、石川さんにお会いして話をしてみようと思いました」

そこで2人は会って話をする。

石川監督「フラれた感がありつつ(笑)、一度会って話をということになって、そこで芳根さんに言われたのが『30歳の自分でさえもイメージできないのに、その先の年齢のことなど全く想像がつかない。力不足、経験不足だと思います』ということ。でも、僕としては“経験していない”というところが大事だと思ったんです。30歳ってどんな感じなんだろう?50歳、60歳って?と知らない部分を埋めていくような作業をしながらリナという人を作っていけたらいいんじゃないかと。何しろ、誰も見たことのない物語なので、予定調和じゃないものを作りたい。僕も芳根さんもわからないし、それでいいんじゃないか?という話をさせてもらいました」
芳根「“主演”というと、自分が作品の軸を作らないといけない――自分が物語を、役柄を一番理解してないといけないという思いが強かったんです。それができる自信がなかったんですけど、その思いを壊してもらえて『ひとりじゃないんだな。そうか、作品はみんなで作るものなんだ』という、当たり前のことなんですが、それを実感できて、ちょっとだけ自信の“芽”が出てきたんですね。その芽にみなさんから光や水を与えてもらって育てていただいた感じでした。ちょっとだけ自分を信じてみようって」
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芳根と石川監督の出会いは、WOWOWで放送された連続ドラマ「イノセント・デイズ」。芳根は、竹内結子演じる確定死刑囚の女性を担当する刑務官を演じており、決して出演時間が長いわけではないが、確実な存在感を残している。

芳根「それ以前に石川さんの作品は拝見していて、あふれるようなエネルギーをすごく感じたんですね。それは『イノセント・デイズ』の現場でも強く感じていて、私が現場にいた時間は短かったんですけど『この空気をもっと体感したい!』って思いました。その時に一度、一緒にお食事にも行かせてもらって話をして、『石川さんともう一度お仕事をする』というのが私の目標のひとつになったんです。それがまさかこんなに早く叶うとは……、しかもこんなに難しい役で(苦笑)。でも、難しくなかったら意味がなかったなって今は思います。せっかくの機会に石川さんと一緒に悩める役に挑戦できて良かったです」
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石川監督にとっても「イノセント・デイズ」での芳根との出会いは強烈な印象に残っていたという。

石川監督「あの時も、すごく一生懸命に役に向き合ってくれていた姿が印象に残っています。上手い女優さんならいっぱいいるんです。でも、芳根さんが特別なのは、環境に対して柔軟なところ。他の作品を見ても、篠原涼子さんと共演しても(ドラマ『ラスト シンデレラ』、映画『今日も嫌がらせ弁当』)、北川景子さんと共演しても(ドラマ『探偵の探偵』、映画『ファーストラヴ』)、今のドラマ(『コントがはじまる』)でも、それぞれの作品、役柄に合わせて全然違う芳根京子を見せてくれるんですね。この若さでどれだけ自分の中にひきだしがあるのか……? いや、ひきだしがあるというよりも、作品ごとにちゃんと外からインスピレーションを引っ張ってくることができるんですよね。今回のリナという役は、長い時間を生きる人物で、ひとりだけの引き出しじゃ絶対に足りないだろうと思ってて、特に後半で小林薫さん、風吹ジュンさんが出てきたとき、新しいものを外から吸収しないと成立しない役柄だなと感じていて、それはやはり芳根さんじゃなきゃできなかったと思います」

実際、本作でのリナという役柄について、どのような話し合いをして、作り上げていったのだろうか?

芳根「クランクイン前に東京で何度かお話をしたんですが、結局『ここで話しててもわかんないよね』『わからないからとりあえずやってみよう』ということになったんです。リナの言葉にもあるんですが、ものを触ったり、見たりして“感じたもの”を広げていくという感じでした。そこで自分が感じたことを共有させてもらいながら、形にしていった感じですね。何か『こういうもの』というのが強くあったわけではなく、いろんな材料を持ち寄って、一緒に組み立て、膨らませていきました」
石川監督「実際、段取りを一度やるごとにどんどん変わっていきましたね。後半で、幼いハル(※リナの娘)が入ってくることで、お母さんの顔になったし、さらに薫さんが演じる利仁(りひと)が現れてまた全然違う表情が見えてきて。現場でいろんなことを吸収しながらリナが育っていきましたね」
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「永遠の若さを手に入れた女性の物語」ということでSFというイメージが強いかもしれないが、やはり「愚行録」や「蜜蜂と遠雷」など人間の心理、愛憎を繊細かつ力強く描き出してきた石川監督の作品だけあって、本作も軸にあるのは登場人物たちが織りなす人間ドラマである。リナの人生の選択、そこで生まれる葛藤や愛情が丁寧に描かれる。とくに圧巻なのは、監督の言葉にもあったように、小林薫風吹ジュンが演じる利仁と芙美という老夫婦が登場する後半のパート。永遠の若さをあえて拒否し、自然に年齢を重ねてきた利仁と、彼よりも年齢は上だが、見た目は30代のままのリナ。2人の船上での静かな対峙は本作でも屈指のシーンである。

芳根「あのシーンの撮影は……とにかく寒くて(笑)、それもあって現場がひとつになってましたね。すごく狭い船の上での撮影というのもあって、どこにカメラが入れるのか? とか相談しながら、深夜まで一体になって撮影をしていて、改めて『あぁ、このチームなら大丈夫』と思えました。なので、あんまり悩んだということはなくて、感情があふれるまま、そのまま垂れ流したという感じでした」
石川監督「僕の中でもあのシーンは“天王山”という思いがあったので、入念に準備をして臨んだんですが、ただ実は本編で使ってないシーンもたくさんあるんです」
芳根「そうなんです! 衝撃的なシーンが本編でカットされていたんですけど、逆にそれほどのシーンがなくてもいいと思えるってすごいことだなと思います」
石川監督「すごく重要なやりとりではあったんですけど、それがなくてもいいのかなって思えたんです。言葉にせずとも、空気感だけでそれが十分に伝わると思えたので省くことができました」

撮影時には思いもよらなかったことだが、昨年から現在にまで至るコロナ禍によって、世界は大きく変わった。この作品で描かれる分断や死生観の変化は、まさにいまの世の中と重なるように感じられる部分も多々ある。

石川監督「もちろん、世の中の状況がこんなふうになるなんて思わずに作ったのですが、例えばワクチンを巡る状況だったり、リンクして見える部分もあると思います。ただ、原作者のケン・リュウさんもおっしゃっていますが、決してこの作品はディストピアを描く作品として作られたわけではないんです。不老不死の技術を手に入れようとも、最終的にどう生きていくかは自分たちで決断するわけで、ポジティブに人間を信じて作ったつもりですし、最終的にどこかに希望を感じてもらえたら嬉しいですね」
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芳根は「このご時世で『ぜひ映画館に!』と強く言えないのが本当にもどかしいのですが…」と苦悩を口にしつつ、本作への特別な思いを隠そうとはしない。
芳根「本当に自分にとって特別な作品になったという思いは強く、強く持っています。撮影を終えて1年以上経ちますが、いまだに“やり切った感”が残ってるんですよね(笑)。先ほどもお話ししましたが、撮影はすごく素敵なチームで一丸となって臨んでいたので、だからこそマイナスな言葉を口にしたら負けだという思いもあったんですよね。クランクアップの時に『苦しかった……』という言葉がポロっと出て『あぁ、やっぱりこの作品に懸けていた強い思いがあったんだな』と自分でも初めてそこで気づいた本音でした。そのことを思うとやっぱり今でも『やり切ったぁ!』と」

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