【「逃げた女」評論】ホン監督らしいミニマルで文学的な秀作。仕組まれた謎が様々な物語を想像させる
2021年6月6日 18:30

ホン・サンス監督の映画は概して上映時間が短く、小規模かつ文学的で、日常的なロケーションで撮影され、映画祭で好まれるキャストも予算も少ないDIY作品っぽい魅力がある。その上、映画の内容は食事中やタバコ休憩中の他愛のない会話が多く、伝統的な映画と違って、登場人物たちの衝突は一見何でもない瞬間、キャラクターが会話の中で口にする叶わない願望、不安、好奇心のような内面的な事柄で暗示される。これらの会話は偶然のように画面映えする場所で展開されるが、カメラが不意の出来事に突然ズームしたりパンしたりして、ドラマの流れを強調する。サウンドトラックも同じくミニマルなもので、本作では電子ピアノを小さなアンプにつないでテープ録音したようなバガテルが使用されている。
「逃げた女」はホン監督の芸術的な特徴のチェックリストをほとんどクリアしているが、この作品には、「夜の浜辺にひとり」の盗み聞きをする窓ふき屋の幻影のようなシュールさはない。
本作の主役は旧友宅を訪れるガミだ。彼女は5年間の結婚生活で常に夫と一緒にいて、夫の出張のために今は初めて離れて過ごしていると言う。一見完璧な日常を送る彼女は、訪問先の旧友宅で過ごすうち、友人たちのどこか欠陥のある日常を体験する。一番目に訪れた旧友宅では、旧友が野良猫に餌をあげることに隣人が不満を言いに来る。次の旧友宅では、旧友が気まぐれで一晩だけ関係を持って振った男が現れ、あなたには忠誠心がない、自分を苦しめないでくれと復縁を求める。これらの出来事の後、ガミはある日偶然もう一人の旧友と出会うが、そこでガミ自身も欠陥を隠していることが示唆される。
友人たちはオートロックで守られた我が家にガミを丁寧に迎え入れるが、そこで見え隠れする彼女たち自身の伝統的とは言えない恋愛事情について言及することはさりげなく避けている。しかし、それらについてどう判断して欲しいか、何を考えて欲しいかは不明だ。この映画において肯定的に結論づけられているものはほとんどなく、すべては観客の解釈に委ねられている。考えるべき抽象的なモチーフは多いけれど、中には行き止まりを作るためにわざと仕組んだような謎もある。ガミの最後の行き先は小さなアートハウス系の映画館だ。そこは日常生活の難解さを和らげ、その難解さを深く見つめられるように彼女を誘ってくれる聖域なのだ。
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