【特別インタビュー】吉永小百合が広瀬すずへ伝えたかったこと。

2021年5月15日 11:00


取材に応じた吉永小百合と広瀬すず
取材に応じた吉永小百合と広瀬すず

人類が新型コロナウイルスの脅威にさらされた2020年、誰もが「生と死」について真剣に向き合い、命の在り方に思いをめぐらせたのではないだろうか。同年11月に病に倒れ、帰らぬ人となった東映グループ会長・岡田裕介さんは、最期まで映画「いのちの停車場」の陣頭指揮を執った。今作を全国の観客に届ける一心で。その思いを引き継いだ主演の吉永小百合、東映作品に初参加となった広瀬すずに話を聞いた。(取材・文/編集部)

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今作は、16年に終末期の在宅医療をテーマにした小説「サイレント・ブレス」でデビューを果たした現役医師の南杏子氏が20年に発表した著書第4作を映画化するもの。都内の高齢者医療専門病院の内科医だからこそ描写することができる医療現場の臨場感、説得力をもって尊厳死、安楽死といったテーマに深く切り込んでいる。

成島出監督がメガホンをとった映画は、東京の救命救急センターで医師として医療の最前線に生きてきた白石咲和子(吉永)が、ある事件の責任をとって退職し、故郷・金沢の「まほろば診療所」で在宅医として再出発するところから始まる。その現場で必要とされるのが必ずしも医療行為だけでないと知り当初は困惑するが、陽気な院長・仙川(西田敏行)、訪問看護師の星野麻世(広瀬)、東京から咲和子を追いかけてきた医大卒業生の野呂(松坂桃李)らと患者、その家族に寄り添いながら自らの生き方を歩み始めていく。

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映画出演122本目となる吉永にとって初の医師役となったわけだが、多くの命を救うステレオタイプの医師役であっても困難を極めたはずなのに、在宅医療専門の医師として生きていくという役どころは容易に肉付けしていけるものではなかったはずだ。それでも、40年にわたり交流があった岡田氏が、吉永の新たなヒロイン像としてこれまで演じたことのなかった医師役を提案した思いを受け、並々ならぬ情熱を燃やし、在宅医療を行う「つるかめ診療所」の鶴岡優子氏、鶴岡浩樹氏、東京女子医科大学病院・救命救急センター長の矢口有乃氏から医療指導を受けたという。

一方、吉永とは初共演となった広瀬は、亡き姉の子を育てながら自らを救ってくれた仙川の下で在宅医療に携わり、咲和子のやり方に最初は困惑しながらも次第に尊敬するようになっていくという役どころに臨んだ。

本編を鑑賞すると、かつて自分に愛情を注いでくれた「あの人」のことを思い出さずにはいられなくなる。いついかなる状況であっても別れは辛いが、誰のもとにも均等にやってくる。そのなかで、在宅医療を選んだ患者と家族たちが考え抜いた「いのちのしまい方」という言葉にハッとさせられる。

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吉永「こういうテーマの映画を作ることは、あまりないですからね……。皆さんそれぞれの命の在り方、終わり方というのがあるんだということを初めて知ることが出来ましたし、この作品を通じて自分の家族のことをとても思いましたね」

広瀬「“いのちのしまい方”って……、家族や身の回りの人たちの事となったりしたら、助けようと必死になってしまいますよね。この作品を通して、助けるという行為が肉体的にも、精神的にも負担を与えてしまうこともあると知ることができました。在宅医療って寄り添うこととはいえ、本人の望んだ通りにというのは非常に苦しいことだし、大変なお仕事だなと改めて感じました」

今作を語るうえで、やはり岡田氏について触れないわけにはいかない。最期まで映画製作の最前線で生きてきた姿は、「動乱」(1980)、「華の乱」(88)、「北の零年」(05)などプロデュース作は数知れず、さらに日本映画製作者連盟会長、日本アカデミー賞協会組織委員会会長、「映画館に行こう!」実行委員会委員長を歴任するなど、映画人口の増加に尽力した。筆者にとっては、打ち合わせや試写で東映へ行くと、近所の飲食店でランチを楽しむ岡田氏と幾度となく遭遇し、「しかし君とは外でよう会うなあ」と朗らかに笑う姿が脳裏に焼き付いて離れない。

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筆舌に尽くしがたいほど交友のあった吉永はいま、岡田氏を思い、どのような情景が去来しているのだろうか。また広瀬は、初めて仕事をともにした岡田氏に、どのような印象を抱いただろう。

吉永「編集ラッシュがあって、その2日後のことですから……。いらっしゃらなくなったというか、亡くなられたという実感が実は今でもないんですよね。これは会長ならどういう判断をするだろう……、ああ、でももう聞けないんだ……、と思ってしまうこともあって。ご家族の方も同じようなことをおっしゃっていましたから、こういう状態がまだしばらくは続くような気がします。それくらい突然のことでしたから、私たちをビックリさせていなくなってしまって、会長らしいといえば会長らしいのでしょうね」

広瀬「会長とは日本アカデミー賞の授賞式などでお会いしていて、その時も私が出演した作品についてお話ししてくださいました。今回の現場でも、西田さんと一緒に昔のお話や冗談をたくさん聞かせてくださって……。会長がいらっしゃると周りにいる人たちがみんな笑顔になるんですよね。映画がお好きで、現場も人もお好きで、すごく風通しのいい方だなって思っていました」

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本編で咲和子と麻世は、さまざまな事情を抱える患者と対峙し、寄り添っている。なかでも、がんが再発した幼なじみの囲碁棋士・中川朋子(石田ゆり子)を咲和子が抱き締めるシーンは切なさが込み上げてくる。また、麻世と野呂がラーメン屋で語らうカットでは、広瀬と松坂のこれまでに見たことのない表情が切り取られており、不意に大切な人、世話になった恩人などに「会いたい」「会っておかねば」という感情を、観る者に喚起させる。「生と死」という話題から避けては通れない今作にあって、ふたりがいま、会いたくてたまらない人は誰か聞いてみた。

吉永「私は他界した父に会いたいですね。ステーキのお肉をのどに詰まらせて、脳に血がいかなくなってね……、病院の集中治療室に3カ月もいてから亡くなったんです。声をかけても聞こえているのかどうかも分からない。会話も出来なくてかわいそうで……。誰かが背中をトントンしてあげたら、もしかしたら助かっていたかもしれない。あと何カ月かで80歳だったのに。父にもう一度、会いたいです」

広瀬「私は中学生の頃に東京へ出て来てから、あまり父と会えていないんです。父に会わなきゃいけないなって思いました。こういう時代になって、次に会うのがどういう形になるかなんて分からないじゃないですか。この映画に出演させてもらって、完成したものを観て、昔よりは少し自分に対して自信を持てるようにもなったと思うので、会わなきゃ! という気持ちになりました」

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このふたりがスクリーンの中で並んでいるところを目の当たりにすると、不思議な感覚にとらわれる。劇中、「まほろば診療所」の仙川院長はスタッフを家族として扱い、自らの信念を咲和子に託し、その思いは咲和子から野呂、麻世へと受け継がれていくであろうことは想像に難くない。それと同様に、今作は吉永から広瀬へと「日本映画の俳優」として正統な継承がなされたように見えてしまう瞬間がある。吉永は、今作で広瀬にどのようなことを伝えようとしていたのだろうか。

吉永「すずちゃんの出演する映画を観てきて本当に素敵だと思ったし、芝居をしていて互いに自然な呼吸で交流できたことがとても嬉しかったんです。これからも、いい監督さんといい仕事をたくさんしてほしいなという思いがあります。その中で、もう1回くらい私とやらせて欲しいと思いますけれども(笑)。忙しくてとっても大変だと思うけれど、これからの20代、いい仕事をして有意義に、元気に過ごしてもらいたいですね。私は20代の半ばくらいで疲れ切っちゃって、声が出なくなってダウンしかけたことがあるんです。だから、大変だと思うけれど、キックボクシングで体力を付けて乗り切ってね」

広瀬「ありがとうございます。こうやって取材の場などで、吉永さんから映画をやってほしいっておっしゃっていただいて、“映画の道”ってあるんだなと感じます。私はモデルのお仕事から始めて、ドラマやCMや舞台と一度全てのことに触れてみたうえで、やっぱり映画は特別なんですね。映画の道をずっと歩まれてきた吉永さんを見ると、格好いいなあって思ってしまいます。14歳からお仕事を始められたとうかがって、私も14歳からですから……。続けていけるかなあ、想像するだけで凄いなあって考えています」

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コロナ禍で、配給会社や興行会社も含めた日本映画界が否応なしに変革を余儀なくされている。長きにわたり日本映画界を支えてきた吉永は、そしてこれからの日本映画界を引っ張っていく世代のひとりでもある広瀬は、多くの映画人に対してこのようなメッセージを残している。

吉永「いま、撮影をすることが本当に大変だと思います。私たちの場合はたまたま大きな会社の製作だからPCR検査を何度もやれましたし、色々なことが順調にいきました。一方で、途中で撮影ができなくなった作品が何本もあるって聞いています。行定勲監督をはじめ、若い監督さんたちが映画を少しでもサポートしようとして行動を起こしていらっしゃいますが、私も出来ることはサポートしたい。映画がなくならないように、才能ある人たちが映画を撮れるように、仕事ができるようにしなくちゃいけない。そして、安心してお客様に観ていただけるように、私も考えていきたいと思います」

広瀬「私なんかがおこがましいですが、映画がなくならないことが一番大事です。作ることが難しい現状がすごく悔しいですが、気持ちを切り替えてこの時間をいろいろなことをインプットする時間にして、落ち着いた時にみんなの思いを現場で爆発させられたらって思います。私にできることはお芝居を通して表現することだけなので、何かの力になれたらいいなと思っています」

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