実際の車上生活者を起用した「ノマドランド」 クロエ・ジャオ監督が明かす製作の裏側
2021年3月25日 18:00
オスカー女優フランシス・マクドーマンド主演で車上生活者=現代の“ノマド(遊牧民)”として生きる人々を描いた「ノマドランド」が、オスカー前しょう戦の先頭を走っている。本作で第93回アカデミー監督賞にノミネートされたクロエ・ジャオ監督が、製作の裏側を明かした。
「ノマドランド」は、ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション「ノマド 漂流する高齢労働者たち」を原作に、アメリカ西部の路上に暮らす車上生活者たちの生き様を、大自然の映像美とともに描いたロードムービー。役者は、主人公ファーンを演じたマクドーマンドと、ファーンと心を通わせるノマドのデイブ役を演じたデビッド・ストラザーンのみで、ほかに登場するノマドたちは実際の車上生活者だ。
ネバダ州の企業城下町で暮らす60代の女性ファーンは、リーマンショックによる企業倒産の影響で、長年住み慣れた家を失ってしまう。バンにすべてを詰め込んだ彼女は、“現代のノマド(遊牧民)”として、過酷な季節労働の現場を渡り歩きながら車上生活を送ることに。毎日を懸命に乗り越えながら、行く先々で出会うノマドたちと心の交流を重ね、誇りを持って自由を生きる彼女の旅は続いていく。
主演のフランシスと製作のピーターが、「ザ・ライダー」(2017)を見て連絡をくれました。そして「監督を頼むかもしれない」と(「ノマドランド」の)原作を渡されたんです。ほかにはない視点を求めての抜てきだろうから、映像化を念頭に置いて心して読みました。期待してもらえて嬉しかったです。
私もキャンピングカーを持っていて、彼らのライフスタイルには強くひかれます。車上生活にも興味があって、動画をたくさん見ましたが、あくまで「若者のムーブメント」という印象でした。だからこそ、ジェシカ・ブルーダーの原作は衝撃でした。ファーンのようなベビーブーム世代が路上に出るとはどういうことなのかを教えてくれました。
ジェシカが原作で扱った主題は非常に多様で、スケールがとても大きいんです。ネバダ州エンパイアにおける経済の衰退から、砂漠の「車上生活者の会合(Rubber Tramp Rendezvous=RTR)」まで幅広く描かれています。この興味深い土地や人々との出会いを、映画では架空の人物を通じて描くことになります。だからこそ、キャラクター作りには苦心しました。観客をひきつける感情の深みが必要でした。
登場人物たちは、想像の産物です。「もしフランシスが有名女優ではなかったら?」「デビッドが俳優にならず車上生活していたら?」と、そんな想像をしながら人物像を作り上げました。私たちは役柄について話し合ったわけではなく、ハイキングや車選びなど、いろいろなことを一緒に行いました。フランシスとデビッドには、バンに積む所持品を選んでもらいました。そこに人柄が滲み出るんです。バンに積めるのはせいぜい30品くらいなので、人柄がはっきりと出ます。ふたりは長い時間をかけて、役柄に合った品を選んでくれました。(小道具の)多くは彼らの私物なんです。
フランシスとデビッドはプロ中のプロで、実力で地位を築き上げたレジェンド俳優です。多くの作品に出演し、実績を残してきた俳優なので、彼らの顔は私たちの脳裏に焼きついていますよね。そこに本作の面白さがあると思います。本作では、すれ違っても目に留まらないごく普通の顔のなかに溶け込まなければなりませんから。道行く人と同じくらい共感できて、愛を感じられる顔でなければならないのです。大物俳優が、その他大勢のひとりになる。長い時間をかけて人物像を作り上げて、役になりきる仕事ぶりは見ていて感心しました。
撮影に入る頃には、ふたりとも完全にそれぞれの役を掴んでいました。セットにいるのは大物俳優ではない別の人物で、目の前の人たちと心を通わせ、その瞬間を生きていたのです。驚いたときですら役のままでした。これは俳優なら誰にでもできるという類のことではありません。ふたりは本当に素晴らしい俳優です。
ファーンのバンは、フランシスがプロダクションデザインと撮影監督を兼任しているジョシュア・リチャーズと協力して作り上げました。ジョシュアは光の使い方に拘りを持っていて、バンという特殊な空間、色彩、質感のなかでどう光を当てるべきか、ファーンの体や肌、顔を際立たせる方法を模索していました。アンドリュー・ワイエスの作品など、たくさんの絵画を参考にしていましたね。絵画には、背景で登場人物を際立たせる古典的手法が詰まっていますから。
私たちが欲しかったのは映画らしい映像であって、iPhoneで撮った動画ではありません。バンというあの狭い空間には、iPhoneでは捉えきれない複雑な風合いと感情があります。それを正しく捉えることがジョシュアの目的であり役割でした。そして、フランシスが私物を持ち込み、自分が使いやすいように内装を整えました。調理場にスツールを置いたりね。膝に関節炎がある彼女にとって、スツールを置くのは当然のことでした。まるで本当に車上生活を始めるかのように、フランシス好みの生活空間を本格的に作り上げました。
本作はジェシカが重ねた取材が土台になっています。彼女はフィクションも書きたいと思っているはずです。だって彼女は当然のように物語を持った人物に引き寄せられていますから。フィクション映画にそのまま使えるような、興味深い人物たちばかりを集めたんだと思います。大変な仕事は原作で終わっていて、私の仕事は重要な脇役を探すことだけでした。
デイブ(とファーン)以外は、原作にも登場した実在のノマドです。大勢のノマドたちに会いました。カメラで撮られるのを苦手に思う人もいます。だからiPhoneでテストをして、ボブ(・ウェルズ)みたいなタイプは最初からカメラを回しました。身の上話を聞きながら本作に相応しい人を探しました。観客の注意を引くというのは、誰にでもできることではありません。そうやって(実際のノマドで出演者の)スワンキーやリンダ・メイを選定しました。出演交渉のときも、ジェシカが彼らの信頼を得ていたことに助けられましたし、プロダクションチームやクルー、フランシス、デビッドの真摯な態度も彼らの心を動かしました。そしてもっとも重要だったのは、人間の強さを信じることでした。彼ら(ノマド)は多くのことを乗り越え、決断力を身に付けています。彼らには、「この映画はフィクションだから、名前を変えて別人を演じてもいい」と伝えました。本作はドキュメンタリーではないので、彼らが望めば個人情報を保護できるようにしたのです。
「奇跡が起こらないと無理だ」と思うようなことでも、なぜか上手くいくことがありますよね。だけど、実はそれは奇跡などではないんです。例えば、太陽が沈んでいくなか、ファーンがRTR内を歩く長回しのシーンがありましたが、綿密な計画とチームワークがあったからこそ成功できたショットでした。太陽が地平線にあるわずか5分間に、全員が完璧な動きをしました。フランシスからエキストラカメラから音声まで、ひとつの生き物になったように一心同体になって働いたのです。「いましかない」と全員が分かっていたんです。共通点がほとんどないような人たちが、見事なチームワークを発揮しました。とても嬉しかったです。
「ノマドランド」は、3月26日から全国公開。
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