「HOKUSAI」新公開日は5月28日 “表現の自由”を求め、時代に抗い続ける北斎をとらえた予告編も
2021年3月19日 08:00
柳楽優弥と田中泯が、日本を代表するアーティスト・葛飾北斎を2人1役で演じた映画「HOKUSAI」が、新型コロナウイルス感染拡大に伴う約1年の公開延期を経て、5月28日に公開されることが決定。“再始動”に合わせ、新予告編と新ポスターもお披露目された。
19世紀のヨーロッパでジャポニズムブームを巻き起こし、西洋近代絵画の源流となった北斎。米ライフ誌の「この1000年で偉大な功績を残した100人」に、日本人として唯一選ばれている。本作では、橋本一監督(「探偵はBARにいる」シリーズ)がメガホンをとり、北斎の知られざる生涯を描き出す。柳楽と田中がそれぞれ北斎の青年期と老年期を演じ、阿部寛、永山瑛太、玉木宏、瀧本美織、津田寛治、青木崇高、浦上晟周らが顔をそろえた。
予告編は、北斎が若かりし頃を回想する場面で幕を開ける。稀代の版元(プロデューサー)である蔦屋重三郎(阿部)に、「北極星にちなんでつけたんだ」と、決して動かぬ星が自身の名前の由縁であると語る北斎。腕は良いが、絵を描くことの本質を捉えられていない北斎に、重三郎は絵を描く意味を問い続ける。やがて北斎が、喜多川歌麿(玉木)や東洲斎写楽(浦上)らライバルたちに先を越されながらも、唯一無二の表現を求めてもがき苦しむさまが映し出されている。
そして映像は、幕府が浮世絵や戯作などの風俗を厳しく取り締まり、表現者たちが自由を奪われた江戸時代後期へと移る。蔦屋が営む耕書堂や、武士の家系であることを伏せて筆を取っていた戯作者・柳亭種彦(永山)も弾圧の対象となるなか、北斎が黙々と描き続けた絵で、誰よりも雄弁に“表現の自由”を求め、時代に抗い続ける姿がとらえられている。
ポスターは、「絵で世界は変わるのか?」という、孤高の絵師の生き様が浮かび上がらせるような、力強いキャッチコピーが目を引く。豪華キャスト陣の姿とともに、北斎の代表作である「富嶽三十六景」の一図「神奈川沖浪裏」がおさめられている。
新公開日の決定を受け、柳楽と田中からのコメントも発表。柳楽は「2020年に(僕自身の作品も)延期が続いたので、少し悔しい思いもあったのですが、2021年という今だからこそ、この作品をご覧いただき、より一層、北斎の持つ力強さやパワーを感じて頂くことができるのではないかと思います」と胸中を吐露する。田中は「たくさんの人たちが見てくださる、そしてその感想をみんなが話しあい、だべり、つまみにされるかもしれませんが、そんなことで人々の言葉の中に北斎がまた生き返ってくるというか、生まれてくるといったらいいのか、そんなことが起きると思います。北斎は本当に憧れの素晴らしい男です」と語った。
「HOKUSAI」は、5月28日に全国公開。なお、本作のシナリオブック(税別1500円)が、同13日に発売される。柳楽と田中のコメントは、以下の通り。
2020年に(僕自身の作品も)延期が続いたので、少し悔しい思いもあったのですが、2021年という今だからこそ、この作品をご覧いただき、より一層、北斎の持つ力強さやパワーを感じて頂くことができるのではないかと思います。ぜひ多くの方にご覧頂きたいです。
世の中の色々なことが様変わりしている中、僕自身もまた新たに一つずつ積み重ねて、ニューノーマルを作り出して行かなければと感じています。北斎の持つ力強さ、目標や夢に向かって自分を信じ突き進んでいく力は、今この時代においてとても必要なエンタテインメントの力になるのではないかと思います。今この時代を生きる人たちの背中を押してくれるような北斎の強い信念とエネルギーを感じて頂けたらと思います。
“目標や夢に向かって突き進んでいっていい”ということを、北斎は物凄いエネルギーを持って突き進んで証明していたのだと思うし、その生き様から勇気をもらえると思います。映画「HOKUSAI」は、皆さんの背中を押せるような作品になっていると思いますので、ぜひ劇場でご覧頂きたいです。
撮影中の興奮は、いまだに僕の中に残っていてたくさんのことが思い出されます。いよいよ今年5月に公開ということになりました。たくさんの人たちが見てくださる、そしてその感想をみんなが話しあい、だべり、つまみにされるかもしれませんが、そんなことで人々の言葉の中に北斎がまた生き返ってくるというか、生まれてくるといったらいいのか、そんなことが起きると思います。北斎は本当に憧れの素晴らしい男です。そして演じているのが僕ということが本当に不思議な話で、こんなことが現実に起こるんだなっていまだに驚いています。でも、実際に皆さんがご覧になる北斎はかなりスゴイです。楽しみにしていてください。
映画の中でも北斎は、自分が生きている時代を「こんな時代」「いやな時代」だと言っています。現在、世界中で悶々とし、ムカムカとし、そして落ち込み、今私たちはとても苦しい時間のまさにその渦中にいるわけです。北斎は、そうゆうものに対して立ち向かったわけです。常識破りでもあったと思います。一人の人間が90歳になろうとしているのにもっともっと生きたい、まだまだやることがある、死にたくないとはっきり思う。これは今でも僕たちはほんとに見習わなきゃいけないと思います。生き生きと死んでいくというか、死ぬまで生き生きとしてそして死んでいく。でもどんなに計画的に生きていても、なかなか思い通りにはならない。数年経てば、こうだと思っていたものも自分の中で壊れ、あるいは自分でぶち壊し、常に生まれ変わるようにして生きている。北斎は、家を変え名前を変え生きていた。あるいは彼の眼に見えるものも変化していったかもしれない。でも、一人の人間としてこれが当たり前なんだと、僕は強く言いたいと思います。たしかに北斎は天才だと思いますが、天才だから出来たのではなく、自分が最も生き生きと感じるその生を生きるべきだということです。これは架空のことでもなく見果てぬ夢でもない。僕たちは自分を卑下することなく、夢を追いかけ続けることだけで、もっと生き生きとしていられるはずです。自分も、そんなにもういつまでも生きられるわけじゃない。でもやっぱりダラダラと生きたくはないと思っています。ほんとに好きなことを探し、やらなきゃならないことを自分に課して生きていくようなことを、北斎みたいにやってみたいと思っています。
とにかくがんばって生きましょう! 想定外なんて言葉はもういらないです。想定外なんてもうこれから延々と続くと思うんです。僕は、人類全体が大冒険をしなきゃならない時代にさしかかっていると思います。一人の人間の生きる生き方みたいなものがもっともっとたくさんになって、それで世の中が動いていったらスゴイだろうなって思います。本当は、人間分だけ生きるパターンがなくちゃいけないはずなんです。そしてお互いを尊敬したり、しっかりと保護したり、あるいは激励しあって、生きていけるようになったらすごくいいんじゃないかなって思います。映画を見ていただければ、皆さんにも絶対わかっていただけると思うんですが、北斎は「ちがう! 人間はそんなもんじゃない!」っていうようなことが、毎日のように自分の中でうごめいていたんだろうと思います。その北斎が、歳を取っても変わらず生き続けられた。これはもうどう考えたって憧れるしかないじゃないですか。でも単に憧れるだけじゃなく、自分の中に一体何がムカムカするものとしてあるのかっていうのは、皆さんと一緒に考えてみたいし、あるいはこの映画からみなさんが一体何を受け止めるのかっていうのはものすごく大事なことのような気がしています。なんせ北斎ですからね。スゴイです。