“葛飾北斎の生涯”に色彩を与えた「HOKUSAI」チームの手腕とは? 撮影現場に密着
2020年2月21日 18:00
[映画.com ニュース] 柳楽優弥と田中泯がダブル主演を果たした映画「HOKUSAI」の撮影現場が2019年6月、京都の松竹撮影所で報道陣に公開された。江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎の知られざる生涯を描くため、チームの共通理念となったのは“従来の時代劇とは一線を画す”ということ。メガホンをとった橋本一監督のもとに集ったスタッフたちの証言から、その“革新性”が浮き彫りになった。
72歳で代表作「冨嶽三十六景」を描き、生涯を通して3万点以上の作品を世に残したといわれている北斎は、90歳という長寿の人生を送った。北斎の“人生”に関して記された資料は少ないため、劇中で描かれるエピソードの多くを創作する必要性が生じた。中山賢一プロデューサーが明かしたコンセプトは「色のある時代劇」。血気盛んな青年期(柳楽)から、円熟した老年期(田中)へと移り変わる様子を“色彩”によって表現することになった。
ストーリーは4章立てになっており、稀代の版元・蔦屋重三郎(阿部寛)、妻・コト(瀧本美織)、人気戯作者・柳亭種彦(永山瑛太)との交流を経て、北斎は“画狂老人”へと転じる。春夏秋冬が意識された物語に合わせるように、画面の色調、セットの色合いも落ち着いていき、長きにわたる人生が徐々に収束していく。そのなかでも、作品の核をなす浮世絵へのこだわりは徹底しており、高度な制作技術を継承した職人を抱える「アダチ版画研究所」が刷った作品が100枚以上も登場。“本物”を使用する案もあったようだが、刷り上がったばかりの風合いを出すため、当時の手法によって真新しい作品が生み出されていった。
現場取材で訪れることができたのは、蔦屋重三郎が主催した宴の場、そして美人画の大家・喜多川歌麿(玉木宏)が根城としている作業部屋だ。まず宴会場で目に付いたのは、北斎が執着し続けた“波”を想起させるようなブルーの壁。間近で見てみると、立体的でうねるようなテクスチャとなっている。一方、歌麿の部屋は壁面から天井にかけて、鮮やかなピンクを背景とした孔雀の絵が描かれていた。「(美術には)アートの要素を込めたかった」という美術監督・相馬直樹氏は、撮影前に渡航したスウェーデン、チェコ・プラハでヒントを得ていた。
相馬氏「スウェーデンとプラハで入ったカフェの外壁、室内の色、洋風の天井画を見たことでアイデアを思いつきました。孔雀というモチーフは、歌麿の艶っぽさという特性を込めていますし、部屋に飾っている水墨画は『よく見てみると……』といったようなものが隠されています。テーマはエロティシズムなんです。宴会が行われる部屋は青を基調しているんですが、そこに生け花を入れています。無機質な場所に有機的なものが入るだけで、少し色気を感じることができるんですよ。ただの背景となるのは避けたいと思っていました。『曲線が体の一部に見える』というような意識をきちんと持っておこうと。一方で、北斎の部屋はそことは対極にすることを心掛けています。小さな家から大きな家へと移り変わっていくなかで“絵にしか興味がない”という要素を強調していきました。シーンが印象的になるように、セットを作っていったんです」
こだわり抜いたセットをどのように映像に残すのか――この課題に立ち向かった照明・佐藤宗史氏は、通常の時代劇と比較した際に「(違いは)色ですね。基本的には他の時代劇と変わらず、行灯明かりで上からの明かりをできるだけやめています」と説明。「基本的に相馬さんの美術を見ながら、どうやってあの格好のいいセットを生かしていくかと、その北斎の色彩も含めどういう形で色を出していったらいいかっていうのは考えながらやってはいますが、基本的には芝居重視で考えてしまう人間なので……。そういう考えでライティングさせて頂いています」と語りながらも、“水槽を上部に吊り、ビーム上に水めらを出す”といった独創性も発揮している。
橋本監督の「今まで撮ったことがないような、見たことがないようなアングルで入って面白い映画を撮りましょう」という要望を受けた撮影チームは、クレーンやケーブルカム、魚眼レンズも駆使しながら、時代劇では珍しいアングル、狙いのショット以外は常に“動いている”カメラワークに挑んでみせた。特筆すべきは、歌麿の作業部屋(=孔雀の間)でのひと幕。カメラを縦方向にぐるんと180度回転させ、部屋の全体像を収めてみせている。テーマとなったのは、相馬氏のデザインを“いかに撮りきるか”ということだった。
この撮影のキーパーソンとなったのは、アメリカから参加したヒロカクハリ氏だ。「キングコング 髑髏島の巨神」「ブラックパンサー」「ヴェノム」「キャプテン・マーベル」などの撮影にも参加しており「キーグリップと言うのはグリップ部内のキーパーソンという事です。アメリカではグリップと言うポジションはとても重要で映画撮影には必ずあるポジションです。ハリウッドでは4000人以上のグリップがメンバー登録しています」と話す。具体的にどのような作業に徹するのだろうか。
ヒロカクハリ氏「主な仕事内容は、ドリーやクレーンのオペレートも含めた全てのカメラサポート、ライト以外の照明のコントロール。撮影中のセットの壁を外したりグリーンスクリーンを吊ったりもします。セットの遮蔽(しゃへい)も仕事のひとつ。キーグリップとガッファー(照明部のトップ)は、常にカメラマンの近くにいて、そこから助手たちにセットのオペレーションの指示を出しているんです。普段から頭上にカメラやライトを吊ったり、プラットホームを組み立てたりするのに慣れているので、現場での安全性の確保についてもよく助言を求められたりもしますよ」
「『HOKUSAI』では、主にカメラの移動やサポートに専念しています。移動に関しては単にあるものを使うだけでなく、監督とカメラマンの要望は全て叶えられる様に色々工夫しています。撮影中に気になった点がある場合は、自分の仕事で有る無しに関わらずその場でカメラマンに相談しています。何故なら、カメラマンは絵に関するあらゆる事に気を配っていて忙しい。見逃している点がある場合には、それを指摘する事もサポーターとしての責任だと思うからです。(苦労した点は)色々な機材を自作したことですね。クレーンやケーブルカム、スライダー、バイブレーションアイソレータまで――出来は上々だと思います。殆どのカメラワークはこれでカバーできているはずです」
録音を担当しているのは、「アウトレイジ 最終章」「蜜蜂と遠雷」などに参加してきた久連石由文氏。プロとしてこだわり抜きたいのは「その時代なりの環境音」だという。北斎の画が売れていない時代、そして売れている時代の“音作り”にも意図があるようだ。
久連石氏「売れていないシーンでは周りの環境の声の方が大きくなり、売れている場面では、例えば『画を買った人が感想を言っている』という声を立て、ガヤを下げるという感じにしているんです。台本を読んで話を理解し、もう1度読む時には『どういう街並みなのか』『どういう環境で絵を描いているのか』ということを想像しながら、音のイメージを考えるということがありますね」
「今までの時代劇とは違った感じになるんじゃないですかね。監督も破天荒だし、北斎も破天荒だし、周りも破天荒なので、面白いものになっていくんじゃないかなと思います」と自信をにじませる久連石氏。本編を見る際に意識してもらいたいのは、役者たちの芝居を支えている裏方たちの技術――各部署の息の合った連携があったからこそ、“新たな時代劇”の創出へと結びついたのだ。
「HOKUSAI」は、5月29日に全国で公開。
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