「ソ連全体主義」の社会を完全再現した「DAU. ナターシャ」監督が語る狂気のプロジェクトの狙い

2021年2月27日 16:00

イリヤ・フルジャノフスキー
イリヤ・フルジャノフスキー

オーディション人数39万人以上、衣装4万着、欧州最大1万2000平米のセット、主要キャスト400人、エキストラ1万人、そして莫大な費用と15年の歳月をかけ、美しくも猥雑なソ連の秘密研究都市を徹底的に再現。その膨大なフッテージから創出された映画化第1弾が、2020年・第70回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞した「DAU. ナターシャ」だ。このほど、共同監督を務めたロシアの奇才イリヤ・フルジャノフスキーエカテリーナ・エルテリのインタビュー(一部南ドイツ新聞より抜粋)が公開された。

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物語の舞台は1952年、ソ連の秘密研究所内のカフェ。ウェイトレスである中年女性ナターシャが働く店は、秘密実験について話す科学者たちで賑わっている。閉店後、ナターシャと若い同僚オーリャは酒を飲み語り合うが、ナターシャは内心若いオーリャに嫉妬している。ある日、オーリャは実験に成功した科学者たちのためのパーティーを開催。招かれたナターシャとフランス人科学者リュックは一夜を共にする。しかし幸せも束の間、ナターシャは国家保安委員会(KGB)の犯罪捜査の上級役員であるアジッポに連行される。アジッポはナターシャが外国人科学者と寝たことを責め立て、心理的にも肉体的にも激しい尋問を行い、リュックをスパイとして告発するよう命令する。

本プロジェクトは2019年1月にパリ、ポンピドゥー・センターでアート作品の展覧会という形でお披露目され反響を呼んだ。イリヤ・フルジャノフスキー監督は、本作が暴力的なポルノであるとの非難に対しこう回答している。

――「DAU. ナターシャ」では、研究所の食堂のウェイトレスであるナターシャがKGBの尋問中に殴打され、頭をトイレに押し込まれ、コニャックボトルを性器に挿入することを余儀なくされました。この場面を見せる必要があるのでしょうか?

大事なのはボトルではありません。我々は人間の本性について学んでいるのです。そして、この本性には非常に異なる側面があります。スターリン主義だとか、邪悪な人間だと言うのはあまりに簡単です。彼らはすべてシステムの一部であり、そのシステムは彼らの意識の中にあります。「DAU. ナターシャ」の時代設定は1952年と1953年です。当時、ソビエト連邦では尋問中の拷問は普通でした。ナターシャを演じたナターリヤ・ベレジナヤとKGB職員のウラジーミル・アジッポは、「DAU」のほかのすべての作品のように、尋問シーンを即興で演じました。演出はありませんでした。そしてもちろん、彼らはいつでも尋問を止めることができました。そして何より、ナターシャが信じられないほど強い個性の持ち主であることがこの場面から分かるはずです。また、アジッポは、ベルリン国際映画祭で上映した2番目の「DAU」映画「DAU.Degeneration」にも出演しています。きっと彼を好きになるでしょう。彼は知的で、気配りができ、礼儀正しい人間です。残念ながら、撮影後に亡くなってしまったのですが。

――KGB職員を演じたアジッポは自然に拷問方法について語り、残酷な尋問も慣れているように見えます。彼は実生活でも囚人を拷問していたのですか?

そうだろうと思いますが、彼はそのことについて話しませんでした。彼は厳しい尋問で知られていましたし、それが彼の仕事でした。「DAU」の後、彼は人生の終盤で、囚人のためにキャンペーンを行い、ウクライナ政府のアムネスティ委員会のために働きました。「DAU」プロジェクトは、セットに少しでも滞在したすべての人を変えました。私たちは多くの元KGB職員をキャスティングしました。私の家族はソビエト時代に常にKGBを恐れていて、彼らを嫌っていました。元KGBの人々とのオーディションで、彼らが非常に明確な名誉の概念を持っていることに私は驚きました。彼らはいろいろな意味で絶対的な悪を体現していますが、同時に道徳を持ち合わせており、それが彼らにとって重要なのです。

―― あなたはノーベル文学賞受賞作家のスベトラーナ・アレクシエービチの書籍のように、対話を通じて物語を作るということを「DAU」でやろうとしているのでしょうか。「DAU」とはある種、考古学のようにソ連の生活を思い起こす試みなのでしょうか。

はい。おそらく「DAU」とは考古学であり、ソビエトの現実を発掘することであり、ロシア文明の肖像であると思います。現代の人々がソ連時代の語法で話をしますが、この言葉はまるで武器のようであり、ナチスの言語のようなものです。この言葉を使えば悪いこともできてしまいます。まさにソビエト的思考の代表的なものだと思います。

―― なぜ集合的記憶に取り組むことはあなたにとってとても重要なのですか?

(ドイツ国防軍が2日間で3万人以上のユダヤ人を射殺した)バビ・ヤールもグラーグ(ソ連強制収容所)も、最近起こったことです。ポスト・ソビエト時代には、犠牲者または加害者、あるいはその両方がいない家族は存在しません。それこそがソビエトのトラウマです。ソビエトが残した病は記憶喪失です。誰もが覚えておきたいことだけを覚えています。この記憶喪失を克服しない限り、それは何度も何度も繰り返されます。意識的に忘れているのかもしれませんが、魂は覚えています。反省し二度と繰り返さないための努力をしない限り、何度でも同じ経験をすることになるでしょう。

エカテリーナ・エルテリ
エカテリーナ・エルテリ

本作共同監督で、編集を担当したエカテリーナ・エルテリは、「最もソビエト的な都市」であるとフルジャノフスキーが考え、研究所を再建する場所として選ばれたハリコフに2008年から2011年の3年間滞在。参加俳優たちが、住民になっていくプロセスなど当時の経験を振り返る。

―― ハリコフの滞在はどのような経験でしたか?

それは間違いなく私が今までに経験した中で最も強烈な撮影でした。過去10年間、私たちは「DAU」を言葉で表現し、実際に体験できなかった人々に説明しようとしてきました。なぜ説明がここまで難しいか分かりますか? それは全参加者、全スタッフ、これまで関与したすべての人が、「DAU」についてそれぞれ独自の真実を持っているからです。ある人にとっては珍しい撮影であり、他の人にとっては忘れられない人生の挑戦でした。何年も働いて素晴らしい仕事をした人もいれば、何が起こっているのか理解できずに去っていく人もいました。チャレンジを受け入れるか拒否するかは、私たち全員が自由に決めることができます。「DAU」は、個人的には最大かつ最もやりがいのある課題でした(そして今でもそうです)。

―― 参加者が研究所に参加するためのプロセスはどのようなものでしたか?

それを理解するには、セットに入る人は常にその時代の衣装と化粧をしていなければ、入場を許可されなかった、ということを知る必要があります。ケーブルを持った電気技師、検診に来た医者、トイレの修理を依頼された配管工、VIPゲストなど、全員が例外なく同じ手順を踏みました。

新しい参加者が研究所に入るときは、一大イベントでした。撮影中かどうかに関係なく、セットに足を踏み入れるためには、すべての人がチェックポイントを通過する必要がありました。新しい参加者が研究所に入る準備には多くの作業があり、約3~4時間かかりました。眼鏡や下着など、誰もが上から下まで全て着替えなければなりませんでした。メイクアップ部門はまた、必要とするすべての人に個々に処方された度入り眼鏡を提供しました。まるでタイムマシンに入るようなもので、その過程には多くの人が関わっていました。各キャストの伝記・経歴は、実際の生活に基づいて、すべてのゲストと参加者のために作成されましたが、時代に合わせた調整が加えられました。

研究所内に長く滞在するゲストのために、衣装を選び、スーツケースに詰めて参加者に渡したので、彼らは自分で何を着るかを選ぶことができました。喫煙者は自分の好きな種類のタバコを尋ねられ、自分の好みに合うようにタバコを巻いてもらいました。スーツケース、財布、ペン、新聞など、研究所内に滞在していた期間中、すべての小道具と衣装が彼らの持ち物になりました。女性には口紅チューブとパウダーパフが提供されました。ナチュラルな化粧品をすべて制作し、独自の口紅の色とフェイシャルマスクを作りました。

―― 参加者はお互いについてどのくらい知っていましたか?

人々が長い間密接に暮らし、共に働くとき、彼らはお互いを知るようになります。誰もがアジッポと2人の尋問エージェントが実生活でKGB職員であったことを知っていました。 本物のソビエト連邦のように、誰もがお互いについてすべてを知っていました。オープンであることは、このような状況で結果を達成するための前提条件であると私は信じています。人々は愚かではありません。嘘をつかれていると感じたならば、彼らの多くがそうであったように、オープンにはなりません。そして誰かがカメラの前で肉体的および精神的に裸になる場合、彼らは身の安全を感じなければなりません。ナターシャとアジッポの尋問のような場面は、信頼と誠実さが伝わっていなければ不可能です。

―― ナターシャのシーンから編集を始めたのですか?

はい、彼女のストーリーが私に一番響いたので。ナターシャは困難な生活を送ってきました。彼女が発する言葉の全てにそれを感じることができます。とても孤独で傷つきやすいように見えるにも関わらず、とてもタフな行動をした彼女にとても感動しました。編集中は、彼らがパフォーマンスをしているわけではないので、時々彼らと一緒に暮らしているような気分でした。彼らの気持ちは本物です。映像の中で、彼らが隠そうとしているすべての感情を見ることができます。

―― ナターシャがアジッポに「(あなたとは)仲良くなれません」と言った事に驚きました。

彼女がそう言うことは本当にパワフルだと思います。彼女を誇りに思います。過小評価してはいけません。ナターシャは決してあきらめないし、戦います。それが彼女の性格です。別のシーンからも分かると思います。権威と不正に対する彼女の反逆心はピークに達します。ナターシャとボトルシーンについてはたくさんの議論があると思います。ナターシャの強さは、自分自身を守る方法と彼女のプライドの両方において、そのシーン全体を動かすものです。彼女は弱くないですが、拷問は彼女からすべてを奪うでしょう。彼女は「何か他のものに座りたい」と言い返せる人です。私は彼女のその勇気を称えます。ナターシャは目線の高さでアジッポと出会いますが、まさにそれがシーンをとてもパワフルにするのです。最初、彼女は自分の恐れをまったく示さず、自分自身を主張します。なぜなら、それが女性としての行動だからです。恐ろしい状況で証明される防御本能。

私が知るすべての女性はこのような瞬間を経験しています。私は夜に公園で男に襲われたことがあります。私は自分の恐れを出してはいけないことを知っていました。その状況から抜け出して生き残るチャンスを得るためにそうしなければならないのです。彼女が壊れて、アジッポの心理ゲームについていけなくなるシーンがあります。そのシーンで、彼が彼女を壊したと思った瞬間、彼にはそうする力がないことに気付きます。彼女は頭を高く上げて去ります。私はこのシーンは、ただの犠牲者で自分を守ることができず拷問を受けた女性への尋問シーンではないと思います。もちろんナターリヤはこれが本当のKGBの尋問でないと知っているし、カメラに向かって「止めて」と言うこともできるし、このシーンのことも事前に知っていました。しかし、その瞬間、彼女が感じる恐怖は、彼女の怒り、絶望と同様に本物です。彼女が「これでは、仲良くなれません」と言うとき、私は勇気、知性、機知に富んだ彼女に感心しました。

―― 彼女はアジッポに温かさを感じますが、彼の職業で温かさを持っていることは本質に反しています。

彼のことを知らず、普通の生活で彼に会ったら、彼が誰かに何か悪いことをするなんて想像できないはずです。彼は自分の仕事をしたままでで、それは決して個人的なものではありませんでした。彼は誓いを立て、命じられたとおりに行動しました。明るい未来の名の下に他人を拷問することが仕事である人間にとって、限界とはどこにあるのでしょうか。あなたが陸軍士官としてこの仕事を割り当てられた場合、それはあなたがモンスターとして振る舞わなければならないことを意味するのでしょうか? 私がハリコフとロンドンで会ったアジッポは、信じられないほど、親切で、礼儀正しく、気配りのできる人でした。彼は、「DAU」での経験の後、人生を根本的に変えたと私に言いました。撮影後すぐに、彼はウクライナのアムネスティ委員会のメンバーになりました。

2月27日から、シアター・イメージフォーラム、アップリンク吉祥寺ほか全国で公開。

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