チャドウィック・ボーズマンさんの遺作に訪れた“素晴らしき瞬間”「だから、映画業界は特別なんだ」

2020年12月19日 10:00

Netflix映画「マ・レイニーのブラックボトム」(独占配信中)
Netflix映画「マ・レイニーのブラックボトム」(独占配信中)

2020年8月、43歳の若さでこの世を去ったチャドウィック・ボーズマンさん。彼の遺作となったのは「マ・レイニーのブラックボトム」(Netflixで配信中)だ。同作の主演ビオラ・デイビス、共演のグリン・ターマンコールマン・ドミンゴジョージ・C・ウルフ監督、脚本家のルーベン・サンチャゴ=ハドソン、衣装のアン・ロス、音楽のブランフォード・マルサリスらが、ニューヨークの映像博物館でのイベントに出席。ボーズマンさんとのタッグ、作品への想いを語ってくれた。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)

舞台は、1927年のシカゴ。ある録音スタジオで「ブルースの母」と称される歌手マ・レイニー(デイビス)のレコーディングが行われようとしていた。彼女の到着を待つ4人の黒人バンドメンバーのひとり、レヴィー(ボーズマン)が、他のメンバーと揉め事を起こし始めた矢先、マ・レイニーが現場に現れる。白人のマネージャーと楽曲制作の主導権を巡って対立するなか、レヴィーはトランペッターとしての実力を示していく。

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原作は、ピュリッツァー賞などを受賞した名作戯曲「フェンス」でも知られるアメリカの劇作家オーガスト・ウィルソンの同名戯曲。製作にはデンゼル・ワシントンが携わっている。

ウルフ監督によれば、劇作家オーガストの作品で驚くべきことは「言語や情報源だけでなく、文化による違いを提示している」という点だ。「今作と彼の他の舞台劇との違い――まずひとつはシカゴを舞台にしていることだ。オーガスト自身が出身地ピッツバーグのヒル地区を舞台にした、これまでの作品群とは異なっている。次に、実在する有名な人物を関わらせていることだ。今作でオーガストは、自分の視野を広げて、当時流行っていた“南部の黒人が北部に移民すること”を探索している。いつもの彼の作品であれば、夫と妻、父親と息子などの家族関係が語られるが、今作では家族(マ・レイニーや甥など家族)とバンドメンバーに焦点をあてている。それらがひとつの大家族としてとらえられている」と説明。その他のオーガスト作品とは「主人公やロケーションが異なる」というポイントが、映像化するうえで魅力的だったそうだ。

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今作には、実際には舞台劇にはない内容も含まれている。例えば「マ・レイニーが白人の録音スタジオで自己主張するシーン」。これは、舞台劇とは異なった形で描かれている。どのような意図が隠されているのだろうか。

ウルフ監督「1927年のアメリカの南部では、白人の支配下において、まだジム・クロウ(南北戦争後におけるアメリカ合衆国南部の人種隔離と人種差別のシステム)の印象や、黒人の人々がリンチ(制裁)を受けたイメージを持つ人がいて、歴史上ではそれが正しい側面もあった。だが、僕自身も南部で生まれ、人種差別のある環境下で育ってみて理解したことがある。それは黒人のコミュニティが、独自の経済構造を作り上げていたというもの。そのため、マ・レイニーが、そんな南部の頃に傲慢かつ、大胆に話せていたのは、彼女が仕事面を自分で管理していたからだ。そして、彼女のやりたいことに関しても、白人の権力のシステムには従っていない」とジョージ監督は答え、映画内では、マ・レイニーが白人の録音スタジオで自己主張するシーンが、舞台劇とは異なった形で含まれている。

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デイビスは、俳優としてオーガスト作品に臨むうえで「自分の中に恐怖がなければ、(オーガストの舞台劇で)何(どこ)に向かっているのかもわからないと思う」と語る。そして「実在の人物を演じるうえでの恐怖は、自分の解釈での演技部分がわずかだからだ」とも明かしている。

デイビス「もしキャラクターの歯がほとんど金歯だったら、ほどんど金歯にする。もしキャラクターが250ポンド(=約113キロ)ならば、体重も合わせなければいけない。自分の意思だけで勝手に解釈はできないけれど、実際に演じるとなると、フィクションであれ、実在するキャラクターであれ、人間味を持たせるというアプローチの観点からは同じ対象。それを踏まえて、正直にリアルな演技やセリフを発することで、観客を信じ込ませることが私の仕事なんです」

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新たな楽曲を手がけた音楽のマルサリスは、本作でレヴィーの心境に着目したそうだ。

マルサリス「レヴィーは、過去に忘れたり、許すことのできない傷を抱えている。そこで、彼はそんな心境の中で新たなサウンドで新曲を作ろうとし、それが彼が南部の黒人として体験した全ての苦痛や悲劇から気持ちを昂らせていくんだ。だが、問題がどこにあるかという現実に直面した際、彼には選択の余地がなく、自分の親しい人物に怒りをぶつけることになってしまう」

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衣装担当のロスは、4人のバンドメンバー、マ・レイニーは「南部から衣装を持参した」と語り、劇中でのこだわりを話してくれた。

ロス「ビオラが演じるマ・レイニーの衣装は、ミシシッピー州のドレスメーカーに作ってもらい、4人のバンドメンバーのスーツは、彼らが4、5年の間、毎日のように着ていたように見せることにしたの。なぜなら当時の男性は、あるところ(演奏場所や恋人の家など)に行くたび、スボンや上着を脱いで、それらをベットのマットレスとスプリング(バネ)の間に挟んでプレッシングしていた。そして次の日にも、同じスーツを着ていた。つまり、彼らは1着のスーツを使い回していたんです。だから映像では、バンドメンバーのスーツは着こなされているけれど、きれいに見えるようにしました」

本作で注目してほしいのは、各シーンにおいて「誰がパワー(発言権)を持つのか」という部分。それをキャラクター同士が探り合いながら、ストーリーが進行していく。

コールマン「この映画で最もパワー(発言権)を持っている人(マ・レイニー)が、最初録音ルームにいない設定で始まるのが面白い。最初、4人の黒人バンドメンバーの中でレヴィーが自己主張をする。次に白人のマネジャーがやってきたことで、徐々に黒人バンドメンバーの態度や振る舞いが変わっていく。そんな中で、一番パワー(発言権)を持つマ・レイニーが最後に登場。整っていた状況の“破壊者”のような存在になる。マ・レイニーのご機嫌をうかがいながら、それぞれが調整を施していく光景が、まるでチェスのように面白いんだ」

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「2週間のリハーサルが、バンドメンバーを演じるうえでの結束を高めた」と話すターマン。登壇時には、ビオラとともに、ボーズマンさんとの日々を振り返ってくれた。

ターマン「このリハーサルはエネルギーの必須成分。その中でもチャドウィックと知り合い、彼がこの映画に捧げるエネルギーを見ることができて良かった。我々はお互いのキャリアを尊敬し、リハーサルの時も、皆で食事をした時も、とても素敵な時間を過ごせた」

デイビス「そうだったね。写真もみんなで一緒に撮ったし、たくさんの料理も食べた」

ターマン「皆がチャドウィックと一緒に楽しめたことは素晴らしい瞬間だった。彼と仲間だったことが、この先の僕のキャリアにもエネルギーとして注入されると思っている。そんな瞬間があるから、映画業界は特別なんだ」

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