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【国立映画アーカイブコラム】失われた映画が甦るとき――映画の発掘と復元

2020年11月28日 08:00

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1992年の復元上映会で使用された「忠次旅日記」
1992年の復元上映会で使用された「忠次旅日記」

映画館、DVD・BD、そしてインターネットを通じて、私たちは新作だけでなく昔の映画も手軽に楽しめるようになりました。 それは、その映画が今も「残されている」からだと考えたことはありますか? 誰かが適切な方法で残さなければ、現代の映画も10年、20年後には見られなくなるかもしれないのです。国立映画アーカイブは、「映画を残す、映画を活かす。」を信条として、日々さまざまな側面からその課題に取り組んでいます。広報担当が、職員の“生”の声を通して、国立映画アーカイブの仕事の内側をご案内します。ようこそ、めくるめく「フィルムアーカイブ」の世界へ!


国立映画アーカイブは現在約8万3000本のフィルムを所蔵しています。コレクションはこの20年でおよそ3倍に増加。当館はフィルムの“網羅的”な収集を目標に掲げており、約9割は寄贈による収集です。寄贈元は企業・団体だったり、関係者のご遺族、フィルムコレクターなどの個人だったり、実にさまざま。それゆえ、当館が所蔵する歴史的、文化的に重要な作品には、思いがけぬところから“発掘”されたフィルムが多々あるのです。

1927年公開の「忠次旅日記」(監督:伊藤大輔)は、日本映画史に残る作品として高い評価を受けながらも、戦後にはフィルムが現存しない“失われた名作”だと思われてきました。三部作として製作された本作は、公開当時に「キネマ旬報」ベストテンで第二部「信州血笑篇」が第1位、第三部「御用篇」が第4位にランクインし、59年の『キネマ旬報 夏の特別号』に掲載された「日本映画六十年を代表する最高作品ベスト・テン」では「忠次旅日記」が堂々の第1位に輝いています。リアルタイムで本作を見ていた選者たちは、「私が映画人として立って行く決心がかたまった」(岸松雄)、「映画青年の卵であった僕をますますクレイジーにした伊藤の『忠次旅日記』から受けたあの鮮烈な感動」(大黒東洋士)など、当時の衝撃を伝える言葉を寄せました。

広島市の民家の物置で、その35ミリポジ・フィルムが発見されたのが91年のこと。広島市映像文化ライブラリーの仲介を経て当館に寄贈されたそれは、50年代まで使用されていた燃えやすい性質のナイトレート・フィルムで、かすり傷や縮みも激しいものでした。本作の発掘は、当時、「“幻の映画”フィルム発見」「『忠次旅日記』見つかる」といった見出しとともに、新聞などメディアでも大きく報じられました。「日本経済新聞」では、映画評論家の佐藤忠男さんが、本作を「ソ連映画史の『戦艦ポチョムキン』、アメリカ映画史の『イントレランス』に匹敵する地位を占める」と紹介し、「画期的な発見」とコメントを寄せています。

「忠次旅日記」発掘と復元は、多数の新聞で大きく取り上げられた。写真は、当館が保存している当時の切り抜きの一部(左)と上映会のチラシ(右)
「忠次旅日記」発掘と復元は、多数の新聞で大きく取り上げられた。写真は、当館が保存している当時の切り抜きの一部(左)と上映会のチラシ(右)

永久に失われたと思われていた名作が見つかる――その興奮が、当時の当館研究員の手記からひりひりと伝わってきます。

「広島から持ち込まれたボロボロの35ミリポジ・フィルムをリワインダーにかけ、ライトボックスの上に手繰り寄せ、ルーペを覗き込みながら、一コマ、一コマ、内容確認を行ったときの記憶である。そのような手作業を行ったのは、フィルムが縮んでしまい通常の編集機にかからなかったためである。埃やごみが付着し目をこらしても、実のところ画像も良くは見えない、頼りになるのは、『字幕』のみという状態のフィルムだった。その字幕を、ひとつ、ひとつ書きとる窮屈な作業の果てに、『折からの月明に夜を籠めて 一路国定村へ――』という字幕を読み取り、ノートに書きつけたときの、そうだこれが、あの『忠次旅日記』なのだ!と実感したときの名状しがたい気分」(佐伯知紀「三つの仕事――思い出すままに 『忠次旅日記』、『瀧の白糸』、ロシアの日本映画」『NFCニューズレター』92号、2010年、P5)

「忠次旅日記」の発掘は、直接携わった関係者だけでなく、多くの映画ファンにも計り知れない驚きを与えました。当館で教育・発信室の主任研究員を務める冨田美香さんも、当時、そのニュースに大きな感動を覚えたと言います。

「私は院生時代にバスター・キートンを研究していて、同時代の日本映画の大半が残っていないことを知りました。1920年代の日本の映画雑誌は『忠次旅日記』に対する賞賛がすごくて、読んでいてワクワクするほどなのに、その作品が全く見られないという不条理があって。失われた日本映画を可能な限りわかるようにしたいなって思ったのが、研究対象を日本映画に変えるきっかけだったんです。なので、その数年後に『忠次旅日記』が見つかったときは本当に感動しました」

『忠次旅日記』のフィルムは決して状態がいいものではなかったため、それを「公開できる」状態にする――映画を「復元する」という次のステップに進みました。

当館7階の常設展では、デジタル復元された「忠次旅日記」の一部をモニターで見ることができる
当館7階の常設展では、デジタル復元された「忠次旅日記」の一部をモニターで見ることができる

本作はシナリオも失われてしまっていたので、まず「キネマ旬報」に掲載された略筋や映画愛好家が残したより詳しいあらすじなどをもとに、研究員がフィルムの一コマ一コマを目視していく地道な確認作業を行いました。その結果、発掘されたプリントは、三部作のうち、第二部「信州血笑篇」の一部と第三部「御用篇」を編集したものだと判明します。ナイトレート・フィルムの場合は、不燃化作業(=燃えにくいベースのフィルムに複製する作業)が欠かせない工程となります。フィルムセンターは90~91年にかけて、「小宮コレクション」と呼ばれる、故・小宮登美次郎氏が収集したヨーロッパ無声映画の大規模なコレクションの寄贈を受け、大量の不燃化作業を行いました。その作業を行った現像所・育映社が「忠次旅日記」の不燃化も担当。フィルムと同じ光の屈折率の溶液にフィルムを浸して傷を消すウェットゲート・プリンティングを初の試みとして挑戦し、不燃性のインター・ネガ(複製されたネガフィルム)を作成しました。

「小宮コレクション」の一本「お伽の森」(監督:アルベール・カペラニ、1907)のナイトレート・フィルム
「小宮コレクション」の一本「お伽の森」(監督:アルベール・カペラニ、1907)のナイトレート・フィルム

プリントは欠落した部分が多かったため、その後、弁士の遺したSPレコードや、それを記録した映画愛好家の著書などさまざまな資料を参照してストーリーラインを描き出し、物語の理解を助ける新たな説明字幕をつくる作業が行われました。この作業では、残存するフッテージによって「信州血笑篇」「御用篇」を可能な限り本来に近い形で再現することに注力しました。1991年当時には、伊藤大輔監督のご遺族や関係者、公開当時に作品を見ていた愛好家の方々がご存命だったため、その方々に「正しく」届けるということも、大きな課題でもあったのです。こうして、上映用の35ミリポジプリントができあがりました。

復元された35ミリフィルムの特別上映会が開かれたのは、92年10月10日、11日のこと。当時は映画を学ぶ学生だった主任研究員の入江さんは、その時の体験をこう振り返ります。

「まず、会場の空気が普段の上映会とは違いましたね。席で上映を待っている間のはりつめた緊張感。映画が始まると、“自分は本当にあの『忠次』を見ているんだ”という興奮状態を抑えながら、ワンカットも見逃すまいと画面に集中するのに懸命でした。いくら文献などで読んでいても、見ないとわからないのが映画ですし、とっくに無くなったと思われた映画が発掘されたというニュース自体も衝撃的でしたから。終わった後は、クライマックスの立ち回りで巨大な扉が上がったり下がったりするのが凄いとか、余韻でざわざわしていたのを覚えています」

復元版の上映には新藤兼人篠田正浩深作欣二監督などそうそうたる映画人も駆けつけました。海外での反響も大きく、97年にはパリのポンピドゥー・センターにおける日本映画祭、99年にはボローニャのチネマ・リトロヴァート(復元映画祭)で上映。00年には、傷の写り込みをより減らしたネガと上映用プリントを作製し、10年にはデジタル復元も行いました。世界最大の無声映画の映画祭であるポルデノーネ無声映画祭では、01年に当時の最新復元版が、15年にデジタル復元版が上映されています。

80年代から90年代は、映画文化をとりまく状況がめまぐるしく変化した時代。ミニシアターの興隆や家庭へのビデオテープの普及で多種多様な国、時代、ジャンルの映画が見られるようになる一方、映画の“ディレクターズカット版”や“完全版”の公開も流行して、映画のバージョンの違いやオリジナルに対する観客の意識も高まりました。映画の発掘は、それらと並び当時の映画文化の高揚を物語るもう一つの例であったとも言えます。80年代には「桃太郎 海の神兵」(監督:瀬尾光世、1945)や「私の鶯」(監督:島津保次郎、1944)、「突貫小僧」(監督:小津安二郎、1929)発見のニュースがあり、90年代には「忠次旅日記」の他にも、先に挙げた「小宮コレクション」の寄贈などエポックメイキングな事例が続き、そこから“失われた映画”の発掘が日本で劇的に広がりをみせていくことになったのです。

当館では、新たに発掘・復元した映画を紹介する企画を数多く行っている
当館では、新たに発掘・復元した映画を紹介する企画を数多く行っている
「忠次旅日記」以降に発掘された、著名な監督たちの作品の一部はこちら。
・「長恨」(1926)監督:伊藤大輔(35ミリ)
・「感激時代」(1928)監督:牛原虚彦(9.5ミリ)
・「斬人斬馬剣」(1929)監督:伊藤大輔(9.5ミリ)
・「和製喧嘩友達」(1929)監督:小津安二郎(9.5ミリ)
・「石川五右ヱ門の法事」(1930)監督:斎藤寅次郎(9.5ミリ)
・「本壘打」(1931)監督:熊谷久虎(9.5ミリ)

これらはすべて、作品の一部分や、家庭での映画鑑賞のために販売されていた小さな9.5ミリフィルムの短縮版で見つかりました。こうした場合、関係者へのヒアリングや文献調査に基づき、あらすじを理解できるようシナリオを補う「内容の復元」もとても重要です。

作品のオリジナルの状態を追求する――作品の「真正性」を同定する作業は、細かな調査・研究に基づきます。映画の真正性を見極めるための同定作業。具体的に、どんなことを行うのでしょうか? 次回は、発掘された映画たちを甦らせるお仕事について、より奥深くまでご紹介したいと思います。

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