【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」
2020年11月19日 16:30
トルーマン・カポーティはアメリカの伝説的な作家。オードリー・ヘップバーン主演で映画化された「ティファニーで朝食を」が有名だが、実際の殺人事件を取材して克明に過程を追った1966年の「冷血」が最高傑作だろう。この作品はルポルタージュと小説を融合させた「ノンフィクション・ノベル」いう新しい手法を切り拓いた。
カポーティという存在がアメリカにおいてどのぐらいの大きさだったかというと、日本では三島由紀夫がそれに近い存在だったかもしれない。カポーティが1924年生まれ、三島由紀夫は1925年生まれ。戦中に思春期を送り、いずれも1940年代の終りごろに作家としてデビューしてきた。そしてふたりとも前世代とは異なるエモーショナルな作品を送り出し、しかし同時に派手好きで社交界が好きで、人気者でもありいっぽうで嫌っている人も多かった。けっこう立ち位置は似ている感じがする。
本作はさまざまな人のインタビュー(作家ノーマン・メイラーや女優ローレン・バコールの録音まである!)や秘蔵っぽい映像をからめながら、カポーティの生涯を描いたドキュメンタリー。こんなセリフまで出てくる。「誰もが一度は会いたいと願うが、一度会えば二度とは会いたくない男」。観ているとカポーティという人の、ときにステレオタイプに見えるほどの二面性にクラクラとさせられる。
私はカポーティの作品が好きで、代表作はたいてい読んできた。カポーティの名声を一気に高めた「遠い声 遠い部屋」を高校生のころに初めて触れ、ストーリーはよくわからなかったけれども、主人公ジョエルの目から見える大きな幻のような世界の感覚に感動し、読みふけった。「冷血」は新聞記者時代に再読し、「取材とはなにか」ということを鋭く突きつけられていると感じた。
「冷血」の舞台となった事件で、カポーティは収監されている殺人犯を取材する。やがて彼は殺人犯に友情を抱くようになる。自分と同じように子供時代に両親に捨てられていたことを知ったからだ。「同じ家で生まれた。一方は裏口から、もう一方は表玄関から出た」。そこから「彼に死刑になってほしくない」という思いを高めていく。いっぽうで彼が書こうとしている作品は、死刑が執行されてこそ完結する。
その亀裂にカポーティは揺れ動き、疲弊した。その疲弊の中から、傑作「冷血」は生まれたのである。
ノンフィクションはそれまで、取材対象から距離をおいて客観的な視点を持ち、第三者としての立場からできごとを描くものだと考えられていた。しかし小説家であるカポーティはその一線を踏み越え、取材対象に感情をいだき、そしてその立ち位置だからこそ描けるものを描こうとした。これをカポーティはノンフィクション・ノベルと名付けた。
この新しい手法は斬新で、さまざまなフォロワーを生み出した。報道の分野にも持ち込まれ、ニュー・ジャーナリズムと呼ばれるようになった。取材相手にあえて積極的にかかわり、距離を縮めることで、相手の心理や精神にまで踏み込む。この流れを日本で結実させたのが、佐木隆三や沢木耕太郎である。プロボクサーを描いた沢木の「一瞬の夏」は、日本のニュー・ジャーナリズムの金字塔だ。
話を戻すと、このようにカポーティという書き手の姿勢はものすごく真摯だった。真摯すぎて、それで疲弊してしまって、「冷血」以降に彼は大きな作品を書けなくなったのだと言われている。その姿は、フィリップ・シーモア・ホフマンが彼を演じた2005年の映画「カポーティ」でも描き出されている。
さて、さらに話を戻そう。そういうあまりにも真摯に世界と向き合ったカポーティが、実社会ではとびきりの俗物的イメージだったことが、本作「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」では赤裸々に語られている。「20世紀最高」とまで呼ばれた巨大パーティ「黒と白の舞踏会」を主催し、社交界の派手な女性たちと交流し、テレビではまるで道化のようにみずからを演出し、笑い飛ばして見せる。セレブ作家と呼ばれるいっぽうで、「一度会えば二度と会いたくない」だけでなく、「ゲスな男」とか「砂糖漬けのタランチュラ」とか「掛け値なしの奇人」とか、さんざんに言われてしまう。
さらに奇怪なのは、そうやってひたすら愛したはずのセレブ女性たちや社交界を、カポーティは最後に思い切り裏切ってしまうのだ。その驚愕すべき成り行きは本作をぜひ観て、のけぞっていただければと思うが、なぜ彼はそういう矛盾を抱えていたのか? 作品に真摯に向き合い、しかし「砂糖漬けのタランチュラ」を演じてセレブになろうとし、しかしそのセレブを地獄に突き飛ばし、カポーティは「二面性」どころか人格に「三面性」を持っていたように見える。
その遠因を幼少期に求めたり、あるいは彼が卑下していたというみずからの外見や、さらにはゲイであったことなどをもとに分析するのは、あまりに古臭いステレオタイプすぎるだろう。そうではなく、人間の本質というのはそもそもだれもが多面的であり、善でも悪でもあり、真摯でも馬鹿げてもいて、それを隠さず素直にただ生きて書いたのが、カポーティという不世出の人物だったということなのかもしれない。
そういう意味で、人間というものの奥底を深くえぐり出すような普遍性に本作は満ちているとも思えるのである。
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