「蛾の光」リャオ・チエカイ監督が映像に表現したかったこととは?
2020年11月8日 18:30
母を失い、話すことをやめた女性ダンサーは、老パントマイマーとの交流を通じて、過去と自分自身に向き合っていく――。シンガポールで映像作家として活動をするリャオ・チエカイが、時空を超えるストーリーテリングで、東洋的な死生観を盛り込みつつ、魂の表現であるダンスというテーマを紡ぐ。極端にセリフが少なく、凝視を促す映像で貫かれている。本作は東京藝術大学大学院にて制作、監督にとっては初めての全編日本で撮影した作品である。(取材・文/稲田隆紀)
リャオ・チエカイ(以下、リャオ監督):この作品は、私にとってはとりわけ特別なものです。主演女優ハ・ヨンミを題材にした作品をまず意図しました。ふたりで青森の下北半島を旅して、構想を練り、ダンスシーンの表現方法についてカメラを回しながら考えました。その素材は、本作のフッテージに使われています。
リャオ監督:ふたりのダンサーのやりとりを核にしたストーリーを考えました。以前から、ドイツの詩人ライナー・マリア・リルケの書いた「若き詩人への手紙」が好きで、それを翻案したような映画を作りたかったのです。ハ・ヨンミは、純粋にダンスの創作に取り組み、生涯を賭けて自分を表現しようとしている。自己表現を追求する人の魅力が、作品の軸になりました。
リャオ監督:アメリカで映画の勉強をしていたときに観た、実験映画作家スタン・ブラッケージの「Mothlight」のイメージがありました。蛾を解体したものをフィルムに張り付けて、そのまま上映した作品です。ブラッケージは「Mothlight」に関するインタビューで、「すべてを映画の製作に費やすので、家族はものすごく貧しい。光に惹かれてしまう蛾と同じく、映画に惹かれてしまう結果、まわりは大変な思いをしなければいけない」と語っていました。この映画ではそうしたアーティストの内面をテーマにしています。パフォーマンスを追求するために、困難と向き合う純粋な気持ちや葛藤などの、心の在り様です。
リャオ監督:下北半島の旅の後、私とハ・ヨンミは神奈川県の大磯で2週間を過ごし、ストーリーと脚本、チーム構成について話しました。それからテストシューティングなど、作り上げるためのプロセスに時間を費やし、脚本を書くプロセスに入りました。私にとって脚本は、あくまでスタッフやキャストに自分が撮りたいものを伝えるためのコミュニケーションツール。自分の思ったイメージ全体、何を撮るかを活字にしたもので、すべて脚本通りにはいきません。撮影現場の天気、状況などに左右されます。スタッフ、キャストが脚本を読み砕いて形にしていくのです。
リャオ監督:私は普段は演出を押し付けるタイプではないので、俳優自身の解釈で自然体の演技を尊重しています。映画はレンズを通して演者の本当の心、何者であるかを映すと思っているので、それを汲み取りたいと考えています。
リャオ監督:映画を撮る前は、ビジュアルアーツの業界で絵を描いていました。映像はビデオから始めて作品を製作していました。映画業界への興味のきっかけは、ポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキ監督のテレビシリーズ「デカローグ(十戒)」を見て以来です。小津安二郎監督やアンドレイ・タルコフスキー監督などにも影響を受けましたが、映画業界への第一歩となったのはキェシロフスキ監督です。
リャオ監督:両方の線引きについては、自分でははっきりとはしていません。今、私の短編作品「Silent Light」が六本木の近くのギャラリーで展示されています。これは去年のイメージフォーラムフェスティバルでも上映されました。キュレーターや色々なフェスティバルのプログラマーの皆さんが作品を見て判断してくれるので、自分ではこだわらずに映像作品を作るというスタンスで仕事をしています。
リャオ監督:おもにビデオなのですが、2シーンだけ16ミリのフィルムで撮影しています。下北半島でハ・ヨンミと撮った映像です。
リャオ監督:実は来週にもシンガポールに帰ることになっています。私が称賛するシンガポールを代表する中国文学の詩人・作家の英培安についてのドキュメンタリー作品を制作する予定です。当初、彼の小説を脚色した映画を撮りたかったのですが資金面で叶いませんでした。英培安の動きをただ観察するという形の撮影になり楽しみにしています。
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