【「鵞鳥湖の夜」評論】胸騒ぎを誘うスリルと艶めかしさに満ちた出色の中国産ノワール
2020年9月20日 18:00

[映画.com ニュース] フィルムノワールとは1940~1950年代のハリウッドで作られた特異な犯罪映画の一群を指すが、現代においてもそう呼びたい欲求に駆られるクライム・スリラーがしばしば現れる。2015年の「薄氷の殺人」でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した中国のディアオ・イーナン監督の新作がまさにそうだ。
バイク窃盗団の古参幹部である主人公チョウが、組織内の別グループとの抗争中に誤って警官を殺してしまい、報奨金付きのお尋ね者となる。いかにもありふれたプロットなのだが、映画の語り口はまったくありふれていない。ある雨の夜、深刻な面持ちで誰かを待っているチョウが、赤いシャツの女に「そこのおにいさん、火を貸して」と声をかけられるファーストシーンを起点として、複数のフラッシュバックが錯綜する。この“見知らぬ男と女がめぐり合うまで”の現在と過去が奇妙に入り組んだ非線形のシークエンスが、ぞくぞくするような胸騒ぎを誘うのだ。
一風変わっているのはストーリーの構造だけではない。ロケ地は新型コロナウイルスの発生地となる前の湖北省の大都市、武漢だが、けばけばしいネオンサインに彩られた映像世界には怪しいムードが充満し、まるで全編が人工的なセットで撮られたような錯覚を抱かせる。血気盛んなバイク窃盗団や“水浴嬢”と称される湖畔の娼婦たちの生態が生々しく描かれたかと思えば、チョウが逃げ込んだ鵞鳥湖周辺の一帯には鬱蒼とした大自然や廃墟が点在し、深い暗闇と幻想的な霧が映画をいっそう混沌とさせる。地元警察の大規模捜査は真夜中の動物園にまでおよび、フクロウ、ペンギン、フラミンゴの群れなどのイメージが閃光のごとくスクリーンに瞬く。こうしたあらゆる描写にイーナン監督の才気がほとばしっている。
夜祭りのダンス会場、迷路のような裏道や集合住宅で突如炸裂する活劇にも目を奪われるが、入念に設計されたであろうアクション演出の切れ味の鋭さとは対照的に、どうしようもなく宙ぶらりんの状況に陥った登場人物たちは物憂げに破滅へと突き進んでいく。さらに見逃せないのは水浴嬢役のグイ・ルンメイ、チョウの妻に扮したレジーナ・ワンというふたりの女優の素晴らしさだ。フィルムノワールには主人公を惑わすファムファタールが付きものだが、こうも艶めかしいほど魅惑的な薄幸オーラをまとって浮遊する宿命の女たちにはそうそうお目にかかれない。はたして彼女たちがたぐり寄せるのは闇か、それとも光か。その結末にもサプライズがある。
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