【「君が世界のはじまり」評論】思春期の世界を再構築する営みに、令和日本の風が吹く
2020年7月31日 22:00

[映画.com ニュース] 好きという気持ちをうまく伝えられないもどかしさ。文学であれ映画であれ“青春”と冠される作品でたびたび描かれてきた感情。「君が世界のはじまり」の登場人物たちも同じ思いを抱えるが、本作の魅力を語ろうとする時も、それに近いもどかしさを覚えてしまう。
「おいしい家族」で長編監督デビューを果たした1991年生まれ、大阪府茨木市出身のふくだももこによる第2作。彼女が自身の体験を反映させて書いたであろう小説2編「えん」と「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」を向井康介(「リンダ リンダ リンダ」)が脚本化し、高校2年生6人の数週間を描く群像劇だ。
松本穂香が演じる縁(ゆかり)は、親友の琴子から「ゆかり言うよりエンっぽいわ」との理由でエンと呼ばれている。琴子は男子に滅法モテる。そんな琴子が一目惚れした陰のある業平、エンと親しいが琴子に憧れるサッカー部キャプテンの岡田。ショッピングモールの暗い階段で、それぞれの親への鬱屈した思いを紛らすかのように互いを求める純と伊尾。
物語の舞台は、学校と自宅、地元商店街、ショッピングモール。平成のいわゆる“セカイ系”作品群が半径5mの出来事を描いたとするなら、本作の世界は半径5kmぐらいか。モールに象徴されるように何でも揃う便利さがある一方で、外界に開かれず、抜け出せない閉塞感が漂う。血縁や地縁には居心地の良さと鬱陶しさが相半ばする。輪のように閉じた世界を強調するかのごとく、エンの「まんまるの顔、まんまるの目」、自転車で校庭に描く円、太陽、たこ焼きといった円形のモチーフが頻出。彼らのうち4人の片想いの連なりも円環構造だ。縁のあだ名がエンである理由も、原作者で監督のふくだが再構築する世界の中心に彼女を据えたからだと考えられる。
THE BLUE HEARTSの名曲「人にやさしく」の活用も巧みだ。序盤では、苛立ちを募らせた純がスマホで「気が狂いそう」と検索して出会うオリジナル音源。深夜のモールに5人が忍び込む場面では、楽器を当て振りする映像に重なる、業平役・小室ぺいのバンドNITRODAYによるカヴァー音源。エンドロールでは松本穂香によるアカペラ。救済、仲間と自分への励まし、目の前にいる誰かへの語りかけと変化するスタンスは、登場人物らのささやかな成長の軌跡と重なる。
ブルーハーツの登場は昭和末だし、均質化された郊外都市の斜陽は平成のありふれた風景だ。だが令和の今、コロナの時代に公開されることで、若い世代の共感や中高年の懐古を呼ぶだけに留まらない、特別な切実さと重みを感じさせる効果が加わった。先行きが見通せない世界で、閉塞感に覆われ、自分の将来は、家族や大切な人との関係はどうなるのかと不安を募らせるのは、今や若者だけではないから。暗い時代ゆえに普遍性を増すという因果も、作品の魅力を簡明に伝えにくくする要素かもしれない。
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