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【中国映画コラム】一人っ子政策とはなんだったのか? 「在りし日の歌」監督が説く“現代への影響”

2020年6月3日 13:00

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第69回ベルリン国際映画祭で最優秀男優賞&女優賞の2冠に輝いた「在りし日の歌」
第69回ベルリン国際映画祭で最優秀男優賞&女優賞の2冠に輝いた「在りし日の歌」
(C)Dongchun Films Production

[映画.com ニュース] 北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数277万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!


今回取り上げるのは、第69回ベルリン国際映画祭で最優秀男優賞&女優賞の2冠に輝いた「在りし日の歌」(東京・角川シネマ有楽町ほか全国公開中。Bunkamura ル・シネマは6月11日から上映)。メガホンをとったワン・シャオシュアイ監督は、日本での上映作品数はそれほど多くはありませんが、中国では“中国第6世代”のひとりとして、ジャ・ジャンクーに匹敵するほどの知名度を誇ります。

衝撃的なデビュー作「冬春的日子(原題)」から現在に至るまで、ワン監督はその他の“中国第6世代”と同じく、近現代の中国の激しい変化に目を付けてきました。今回の「在りし日の歌」は集大成と称されており、一人っ子政策について、初めて直接的に描いた作品と言えるでしょう。1988年生まれの私も、ちょうど一人っ子政策の世代です。ワン監督のコメントを交えながら“30年間に及ぶ中国の変化”について考えていきましょう!

ワン・シャオシュアイ監督
ワン・シャオシュアイ監督
(C)Dongchun Films Production

ワン監督「(劇中で描かれていることが)私たちの人生です。1980年代から今まで、その政策(一人っ子政策)に影響されて、私たちは家族を作り、人生を完成させてきました。世代の出生率、死亡率さえ影響を受けていたのです。当然、この政策は、中国のあらゆる家族に多大な影響を与えました。中国では、これだけ大きなことが、私たちの人生と同時に起きてきました。私は、それを記録して見せる必要があると思いました」

一人っ子政策は、多くの中国人監督が描いてみたいと考えるテーマでありながらも、触れない、もしくは触れられないテーマです。中国電影局は、特に一人っ子政策を扱う作品に関して、非常に厳しい検閲を行っています。現在、Amazonプライムで配信されているドキュメンタリー映画「一人っ子の国」は、中国国内ではその存在を完全に封じられており、レビューサイトのページさえ削除されてしまいました。

しかし「在りし日の歌」は、中国国内での上映が実現しました。上映されたバージョンは175分。日本上映版から内容が10分ほどカットされていますが、中国の映画史において重要な1本になると思います。ワン監督は、こんな言葉を残しています。

ワン監督「中国映画は常に検閲にかけられます。創作や監督の発想の自由は多かれ少なかれ検閲の影響を受けます。これは1990年代に私たちがインディペンデント映画を作り始めてからずっと戦っていることです。政策が変わらなかったとしても、私たちは、自身のアイデアを映画製作の中で伝えられるように最善を尽くしてきました。この映画には、これ以上のものはありません。短いバージョンはいくつかのシーンが違いますが、そこまで大きな違いはありません」

画像3(C)Dongchun Films Production

本作には“時間の映画”という側面もあるんです。劇中の40年間(80年代、90年代、00年代、10年代)における中国の変化は、かなり激しいもの。社会情勢が変わるなか、人々はそれに従い、前を向いて生きることしかできない。私は、一人っ子政策の環境下を過ごした両親から「あなたは、私たちのことを絶対に理解できない」と常々言われています。長年、社会の変化を見続けてきたワン監督は、かつて経験した一人っ子政策について、どう感じているのでしょうか。

ワン監督「一人っ子政策は、中国のその世代の人々の運命を完全に変えてしまったと思います。人生というのは、生まれて成長し、結婚し、子どもを作り、年を取り、そしてこの世を去る。たった1本の線で、後戻りはできないし、2度目のチャンスもありません。なので、過去40年間の一人っ子政策を経験した親たちと子どもたち、また、かつて子どもだった親たちは、この政策によって大きな影響を受けています。人は一度きりしか生きることができないからです」

ワン監督「本来、彼らは何人か子どもを生み、大家族を作れたはずなのに、小さな家族しか作れませんでした。自分たちではどうにもできないことがあります。人々は受け身で、無力です。これは、懸念すべきことです。過去のことではありますが、私たちはこの出来事について、記録すべきだと思いました。一人っ子政策が施行されたとき、私たちはまだ若かった。しかし、時が経つにつれて、これは人間主義的な観点から考えるべき問題だと思うようになりました」

画像4(C)Dongchun Films Production

日本に来てから、よく日本の友人たちに“兄弟”について聞かれることがあります。「ひとりで寂しくないですか」と聞かれ、つい「寂しい」と答えてしまうのですが、正直なところ、本音は「わからない」です。“兄弟”に関する感情は一度も感じたことがないですし、同世代のほとんどの人間が、私と同じ“一人っ子”。最初から“兄弟”という存在が消されていました。しかも、ちょうど「改革開放」における“良い時期”に育てられているので、両親はもちろん、祖父母からも溺愛されて、育っています。親の世代と比べたら「良い時代に生まれた」とよく言われるんです。ですから、一人っ子政策に関して、そこまで深く考えたことがありませんでした。

画像5(C)Dongchun Films Production

一人っ子政策が終わった後、親世代の人々は多くの“言いたいこと”を抱えていました。ワン監督も、そのひとりです。

ワン監督「何十年にもわたる一人っ子政策は、人々に“一人っ子政策がある”人生や家族構成に慣れさせてしまいました。国家の政策が変わったからといって、これはすぐに変わるものではありません。知らない間に、突然私たちの社会が高齢化し、出生率が減るということはありません。しかし、たった一夜でこの政策は終わりました。実際、多くの人々は準備ができていませんでした。特に多くの若者たちは80年代、90年代に生まれ、一人っ子の家族やその人生に適応してきたのです。人生はきつく、競争は過酷で、お金や物質的な豊かさがなければ、何の安心感も持てないのです」

ワン監督「今になって突然、彼らはひとり以上の子どもを作ることを許されました。しかし、現実には彼らにはあまりに多くのプレッシャーがあって、お金や物を手に入れるために、子どもを欲しがらなくなってしまっています。彼らは小さな家族構造に慣れています。彼らは将来、この国がどう変わっていくかなど考えていません。そんなことまで考える余裕がないのです。これは大きな懸念です」

画像6(C)Dongchun Films Production

ワン監督の言葉からわかるように、一人っ子政策に関する問題は、中国社会が抱える“その他の問題”へと通じていきます。村上春樹さんの造語「小確幸」(読み:しょうかっこう=小さいけれども確かな幸せ)」という言葉を知ってますか? 韓国、中国で大人気なんです。欲深い人はそれほど多くない――私たちが欲しいのは、ただただ“とても単純なもの”なんです。

ワン監督「(本作は)1980年代から2010年代という期間が非常に重要です。私たちは文化大革命を経験しました。その後、社会全体が変わり始めました。1980年代の終わりから1990年代の始まりまで、その前の10年間による別のターニングポイントがあり、それは経済的、物質的な発展という方向へと完全に向かっていきました。1980年代の精神、芸術、文化への憧れは徐々に弱まっていきました。今では、中国は物質的な社会になり、その他すべてのものが失われました。私たちの魂は失われ、文化は壊され、自由は現にどんどんとなくなり、お金によってがんじがらめになっています」

ワン監督「中国社会で生きている監督は、社会の変化と政治に影響を受けざるを得えません。自分自身が経験したこれらの変化を表現しようとするのは、どんな映画監督や作家にとっても自然なことだと思います。どの監督にも、彼ら自身の人生や成長のバックグラウンドがあり、それは社会背景と繋がっていて、特別に表現したいものがあるはずです」

この言葉は、本当に力強い。本作を通じて“中国第6世代”の監督たちは、皆信念が強いと改めて実感しました。ジャ・ジャンクー監督の「山河ノスタルジア」「帰れない二人」、ロウ・イエ監督の「シャドウプレイ」も同様に、中国に生きる人、社会の変化や問題に対し、作品を通じて、自身の意見や願望を打ち出しています。

画像7(C)Dongchun Films Production

ワン監督「私たちのモラル、道徳、そして一人っ子家族によって成り立った社会は変化していて、その道徳的な変化もまたこの国に影響をもたらしています。なので、この何十年間かは非常に特別な期間だと思います。あの時代に逆戻りしないことを願っています。将来、国の経済発展が一番なのはもちろんですが、私たちの精神や道徳の重要性を忘れてはいけないですし、社会的、政治的な影響が個人と密接するよう、人々は政治に関心を寄せるべきです。ただ、私的な生活は過剰に影響を受けてはなりません。これが私の夢であり、願望です」

画像8(C)Dongchun Films Production

これは、中国、そして中国で生きている人々への“愛のメッセージ”でしょう。どんなに悲しい過去があったとしても、本作のテーマ曲「友誼地久天長」(意味:友情は天地の如く永久に変わらない)が印象的に響きます。喜びが積み重なり、良い未来が待っている――ワン監督は、そう信じているはずです。

私が企画・プロデュースを務めているWEB番組「活弁シネマ倶楽部」では、今回「在りし日の歌」に関する番組(https://www.youtube.com/watch?v=oe_YD-6b5vE&t=933s)を制作しました。月永理絵さん、森直人さんとともに“ワン・シャオシュアイ監督の作家的な魅力”にも迫っていますので、ぜひご覧ください!

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