別府ブルーバード劇場の88歳・名物館長が明かす映画への思い 恋人は阪本順治監督?

2019年12月5日 14:00


岡村照さん
岡村照さん

[映画.com ニュース] 日本有数の温泉地、大分県別府市に唯一ある一般映画館「別府ブルーバード劇場」は多数の映画人に愛されている。第3回Beppuブルーバード映画祭(11月29日~12月1日)には阿部サダヲ真木よう子リリー・フランキーらが駆けつけ、大盛況だった。この昭和レトロな趣の映画館の灯を守り続けたのが、今年4月に米寿を迎えた3代目館長の岡村照さんだ。1971年から50年近く、女手ひとつで切り盛りしてきた。こうした長年の功績に対して、日本映画ペンクラブ功労賞(2020年年3月18日、都内で表彰式)も受賞。そんな照さんの映画への思いとは?(取材・撮影/平辻哲也)

「何かもったいないような気持ちでいっぱいですね。ただ映画が好きだから、ほかに何でもできないと思って、続けていただけであって、別に皆さんから褒めていただけるようなことはないんですけども……。とにかく命ある限り、映画文化を守っていきたいと思っています」と照さんは受賞に、はにかむ。

別府ブルーバード劇場は照さんの父・中村弁助さんが49年に創業。「父は映画が好きで、私が子どもの頃からよく映画館に連れて行ってくれました。素人ながら『子どもに夢を与えたい』とオープンしたんですけれど、20周年の時に亡くなり、その後を継いだ主人(昭夫さん)も10カ月後に亡くなったものですから、相当ショックでした。ただ、2人がせっかくレールを敷いてくれたんだから、その上を走っていけばいいと思い、続けてきた感じです」と振り返る。

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別府もかつては映画館で賑わっていた。全盛期には20数館がひしめき、ブルーバード劇場が建つ駅前通りにも5館の映画館が並んでいた。ブルーバード劇場は、60年代前半は洋画上映館、後半は日活の封切館だったが、71年に日活がロマンポルノ路線に転換したのを受け、松竹の封切館に変更。長く「松竹ブルーバード劇場」として親しまれた。「別府に封切り館がなかったので、松竹から『ぜひ、かけて欲しい』と頼まれたんです。ちょうど『男はつらいよ』の10作目くらいの頃だったと思います。お正月になれば、お客さんでいっぱいになりました。昔、父が大入り袋を配っていたのを覚えていたので、私も正月の三が日は従業員さんに出していました。私がもらっていた頃は百円札でしたが、私が出す時代は千円札でしたね」と懐かしむ。

鉄輪(かんなわ)温泉などで大分ロケを敢行したシリーズ30作目「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎」(82)では全国の映画館で動員第1位を記録する大ヒットになった。封切り直前には、ブルーバード劇場で行われたチャリティーイベントに渥美清さんが来たこともある。「市の観光課から頼まれて、松竹にお願いしたら、出てくれたんです。脇屋(長可)さんという別府市の市長が渥美さんとそっくりだったんで、兄弟という演出にして、最初に寅さんに扮した市長、次に渥美さんがサプライズで登場したら、皆さんビックリされて、大受けでした。渥美さんは『兄貴(別府市長)をよろしくお頼み申します』と言ったんです。何にも知らないでおっしゃったんですが、実はその1カ月後に市長選だったんですよ。脇屋さんは大喜びでしたね。楽勝で当選され、市役所に持っていったチケットもあっという間に売れました」と少女のように笑う。

劇場前には長蛇の列。劇場からは人があふれ、非常口の扉から観客を押し込むほどの大盛況だった。「当時はお客さんも『立ち見でもいいから見せてくれ』と気にしなかったんです。その後はお客さんが1人しかいない時もあって、『もったいないですね』とも言われました。隣の大分にシネコンができたときには(動員の)数字が落ちたものだから、東映の配給を止められました。すごいショックでしたね。一時はやめようかなとも思ったんですけど、やっぱり映画はいくらでもあると思い直して、東宝、松竹、東映の3社の二番館にして、洋画を混ぜて続けてきました」と照さん。

近年も経営はけっして楽ではなかった。しかし、15年にひとりの女性が現れる。東京で映画ライターとして活躍する森田真帆氏だ。プライベートで訪れた森田氏は昭和レトロなブルーバード劇場と照さんの人柄に魅了され、「何か手伝わせて欲しい」と申し出た。「お客さんは1人だったと言っていましたけれども、あまり記憶にないんです。多分、自分が食べるおやつでも持っていってあげたんだろうと思います。お客さんが少ない時によく昆布茶を出してあげたりしているんですよ。そういう家庭的な雰囲気を感じてくれたんでしょうね」

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森田氏はその年の7月、塚本晋也監督の「野火」の公開を記念し、デビュー作の「鉄男」の上映と塚本監督のトークイベントを企画。その後も館長補佐として、さまざまな上映イベントを企画し、プログラムやPRにも精を出す。17年から映画館単独の「Beppuブルーバード映画祭」を開催した。「真帆ちゃんのおかげですね。1人だったら、こんなことできなかったです。役者さんも、福岡までならキャンペーンで来ていましたけど、なかなか別府には来てもらえないですから。こんなことができるんだとビックリしました」と感謝する。

森田氏の目利きで、社会現象を巻き起こした「カメラを止めるな!」もいち早く上映することができ、こちらも大ヒット。「映画祭での行列を見ると、昔を思い出します。『夢をもう一度』と思ったり、そんなことがあるか、ないのかと思いながら、毎日暮らしていましたから。参加した監督や俳優の皆さんも、とても喜んで帰ってくださるんですよ。『温泉に入りました。食べ物も美味しいですね。来年も呼んでくださいね』って」

ブルーバード劇場、照さんのファンには斎藤工もいるが、最も長い付き合いは「顔」でブルーバード劇場をロケ地に使った阪本順治監督だ。ともに独身同士。周囲からは「恋人」とも言われており、その仲の良さは娘の実紀さんも公認。「半世界」のキャンペーンと重なって実現した米寿の祝いの席では、ウエディングケーキのような巨大なケーキを用意して、2人でケーキカットを行うという粋な演出もあった。

「『ジョーのあした』の時は、みんなで食事をした時に2人を中心に並べて座らせてくれたんですよ。そうしたら、監督は『照さん、次、会う時は後ろに金屏風だね』って冗談を言うんです(笑)。私も、さすがシナリオを書く人はすごいプロポーズを言うなって思いましたね(笑)。だから、私も次に会った時に『(年の差カップルは)フランス大統領の(マクロン氏の)例もあるからね』と言い返したんです。私と監督も25歳くらい離れていますから」と楽しげに“恋人”との思い出を語る。

耳は少し遠くなったという照さんだが、今も肌ツヤもよく、元気いっぱい。その秘訣は何か? 「何にもしていないですが、私は食べ物で好き嫌いはしないんです。こだわりもないです。強いて挙げれば、ものを苦にしないことでしょうか。人から何か言われても、いいことだけを覚えて、後は忘れるっていうな感じです。割と楽天家ですし、血液型もB型。ケセラセラという感じです。物事にくよくよしないことです」と明るく笑った。

好きな映画はマルチェロ・マストロヤンニソフィア・ローレンが主演した悲恋の名作「ひまわり」。88歳を迎えた照さんはこれからも大きな花を咲かし、映画興行界にその名の通り、光を照らすことだろう。

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