【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「ジョアン・ジルベルトを探して」
2019年8月20日 06:00

ジョアン・ジルベルトはボサノバの神様として有名だ。彼が歌って有名になった「イパネマの娘」や「想いあふれて」などの曲を聴けば、知らない人はいないだろう。今年7月に享年88歳で亡くなったが、晩年は10年以上も人前にほとんど姿を見せず、伝説的な存在になっていた。その晩年のジョアンを探し求める話である。
ジョアンに会いたくてたまらないドイツ人ジャーナリストのマーク・フィッシャーが、リオデジャネイロでジョアンを探しまわって「オバララ ジョアン・ジルベルトを探して」という一冊の本にまとめる。でもフィッシャーは結局はジョアンに会えず、それが理由かどうかはわからないけれど、本が出版されるわずか1週間前にみずから命を絶ってしまう。そしてこの本を手にして感動したフランス人の監督ジョルジュ・ガショが、今度は自分がジョアンを探し求めるという、不思議きわまりない二重の物語になっている。
まるで夢遊病者のように「ジョアン……あなたはどこにいるの?」とつぶやきながら彷徨い続けるガショ。その道程のなかで出会うジョアンの元妻や知人や美容師や料理人。もう10年ぐらいジョアンとつきあいがあるという料理人は、毎回電話で注文を受け、そのたびにどんな料理があるのかと1時間もかけてすべて懇切丁寧に説明するというのだが、しかし注文するのは毎回決まりきったように「粗塩のステーキとクレージーライス」。そして料理はジョアンの家のドアの前に置かれるだけで、料理人もそのスタッフも一度もジョアンを見たことはないのだという。
ジョアンの元妻ミウシャに会いに行く。ミウシャにインタビューしていると、突然彼女の携帯電話に電話がかかってくる。対応して電話を切ったミウシャは「ジョアン・ジルベルトからだったわよ」とそっけなく言う。それを早く言ってくれ! あと一歩だったのに……。
物語はカフカの小説を読んでいるように迷宮に入り込み、どこまで行っても、どうしてもジョアンにたどり着けない。
でもその彷徨の過程で、さまざまな人々がボサノバの愛を語り、歌い、演奏し、そして美しいブラジルの風景が目の前を流れ、気がつけば観客はボサノバの鳴り響く音楽の空間のなかにどっぷりと心地よく浸っていることに気づく。そういう映画だ。
世界で最初に録音されたボサノバの曲は、ジョアンの「想いあふれて」だと言われている。この曲の原題は「Chega De Saudade(シェガ・ジ・サウダージ)」。サウダージなんてもういらない、と訳せるだろうか。サウダージというポルトガル語は、ブラジルでは切ない思慕や想い、郷愁というような意味で使われている。
そしてガショは制作ノートで「マークの本と私の映画の奥底に共通して存在している原動力は、サウダージだ」と書いている。「人はおそらく絶対に手に入らないと最初からわかっている誰かや何かを手に入れたいと願い、恋い焦がれることもありますが、それを探し求めていた人間は、時にその最後にまったく違う何かを見出したりもするのです」
そういう切なさ、思慕が本作の全篇にあふれている。そして物語の終わりは……カフカのようには終わらず、ぐっと来る素敵なエンディングが待っている。
「ジョアン・ジルベルトを探して」は、8月24日から、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。
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