【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「FYRE 夢に終わった最高のパーティー」

2019年3月30日 16:30


詐欺容疑で逮捕されたファイア企画者のビリー・マクファーランド(右)
詐欺容疑で逮捕されたファイア企画者のビリー・マクファーランド(右)

この映画は、SNS全盛のいまの世界をぎゅっと凝縮したような要素に満ちている。刺激的で夢中になれる傑作だ。

舞台となっているのは、2017年にカリブ海のバハマで開催される予定だったファイア・フェスティバル(FYRE Festival)。大規模な音楽イベントとして広告宣伝を繰り広げたが、驚くほどずさんな計画だったことから開催当日になってすべてが中止。超高額なチケットを買って会場にやってきた人たちが、まともに泊まるところもなく途方に暮れるという無残な展開になって、ネットやマスメディアで大炎上した。

この事件を彩る現代的なポイントは、いくつもある。まず第一に、このフェスがインスタグラムなどのSNSの有名インフルエンサーを駆使して大掛かりな宣伝を行ったことだ。使われたキャンペーン動画はいまでもネット上に転がっているが、美しい青い海とヨットと白い砂浜に水着の美女モデル、それに最高の音楽と祭りという映像は完成度がたいへん高く、「なんだかわからないけどものすごく気持ちよさそう」というエッセンスが凝縮されている。

ファイアの広告キャンペーンでは、ある有名インフルエンサーに対して20万ドルもの報酬が支払われたとされており、SNSの世界でモデルやタレントなどの彼女たちがいっせいに拡散した結果、1500ドルから最高25万ドルもしたという超高額チケットは爆発的に売れた。発売開始から48時間でチケットの95%を売り切ったというから驚異的である。

第二には、異様なまでにSNSを駆使して拡散した割には、まったく内容が伴わなっていなかったということだ。圧倒的な拡散力はSNS時代の強力な武器になっているが、人類はいまだこれを使いこなすに至っていない。拡散を狙いすぎて逆に炎上騒ぎに発展してしまったり(タレントの壇蜜さんを使った宮城県のキャンペーン動画を思い出してほしい)、インチキな商人が拡散力を駆使してたくさんの人を騙したり。

ファイアのように、拡散力は素晴らしかったが、内実がまったく伴っていなかったというのもそういう類型のひとつである。しばらく前にDeNAが運営していた医療系バイラルメディア「WELQ」が怪しい健康記事を大量生産していて問題になったことがあった。WELQではグロースハックをぶん回してビューを増やすことだけに注力し大きなメディアになったが、コンテンツにはまったくお金をかけずクラウドソーシングを使って1本数百円のコストで怪しい記事を大量生産していた。

中身を伴わないのに拡散力という武器だけは身につけていたという意味で、ファイアの失敗とWELQ事件は相似している。

第三に、予想通りの炎上騒ぎ。ファイアの一連の騒動にとどめを打ったのは、「豪華な宿泊施設のはずだったのに、実は災害避難用の安っぽいテントだった」「食事はペラペラのパンとチーズ、しなびたサラダだけ」という参加者からの写真が投稿され、またたく間に拡散し、ファイアの盛り上がりは一瞬で逆噴射し、ネット上で燃え上がった。この写真を見て、だいぶ前に大炎上して話題になった「グルーポンおせち」を思い出した日本人は少なくないだろう。

そして第四に、ファイアを企画したビリー・マクファーランドという起業家の猛烈なインチキ臭さ。本作ではビリー本人にはインタビューしていない(どうも高額のギャラを要求されたためらしい)が、本人の映像は多数紹介され、周囲の人物たちが彼を評するコメントもたくさん出てくる。

一見して若くて優秀そうな人物で、当初はまわりの人たちは「カリスマ性がある」「頭がキレる」「先見性がある」とべた褒めするのだが、だんだんと化けの皮が剥がれてくる。人に取り入るのがうまくて資金調達は上手だが、実のところビジネスセンスは皆無で、毎日パーティーを開いて「ウェーイ」と盛り上がっているだけで、まったく売上は立っておらず会社の会計は火の車だった。

起業家の世界には、一定数こういう人たちがつねに現れる。「史上最大のスタートアップ詐欺」と呼ばれてるセラノス社のエリザベス・ホームズがそうだし(ちょうど彼女を描いたドキュメンタリが米国のHBOで公開中だ)、日本だと、ちょっとタイプは異なるが一時話題になった「ネオヒルズ族」を始めとする情報商材系の人たちなんかがそうだ。

このようにファイア事件は、なんだかSNS時代のいちばんダメな部分をぐぐっと凝縮したようなもので、本作にもそのダメさ加減がスカッと気持ちいいぐらいに描写されまくっている。

しかし観ていて物悲しくなってくるのは、本作のインタビューに応じているスタッフたちがみんな仕事ができそうで頭が良さそうで、仲良くなったらいい友人になれそうな人たちばかりということだ。考えてみれば、ビリー・マクファーランドのような詐欺師(彼は事件後詐欺容疑で逮捕され、懲役6年の実刑判決を受けている)ひとりでは企画はぶち上げられても、実際に会場を設営して開催一歩手前まで行くことなど絶対不可能だったはずだ。

しかし優秀で誠実なスタッフたちがギリギリ当日まで必死で頑張り、倒れるまで最善の力を尽くし、だからこそファイアはなんとか開催当日までこぎ着けてしまったのだった。中にはビリーに頼まれて、大量のミネラルウォーターを搬入するため税関職員と寝るよう頼まれたという男性スタッフの証言まで出てきて、衝撃的すぎる。

そして開催当日までなんとか必死で持たせて、でも結局はすべてが一瞬で蒸発して終わり、その努力は無に消えた。「もっと早く『これはダメ。できません』と終わらせていたら、スタッフも参加者もこんな苦労しなくても済んだのに……」と、観ている私もぐったりするぐらいの徒労感を感じたのだった。そしてスタッフたちは給料ももらえず、借金までつくり、そしてこのイベントがトラウマになってPTSDが発症し……という悲惨な結末に。

優秀な人たちが集まったのに、何も成果を出せないどころかマイナスの不幸だけを噴出して終わる。この一点だけでもファイアというのは本当にひどい話だったのだなあとつくづく思わせるのが本作のすごいところで、ある意味で「ダメを描いたドキュメンタリ」としては過去最高の傑作と言えるかもしれない。

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