デイミアン・チャゼル&ライアン・ゴズリング 歴史的偉業よりも描きたかった「家族の姿」とは
2019年2月7日 12:15
[映画.com ニュース] 「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル監督&主演ライアン・ゴズリングのコンビが再びタッグを組み、人類で初めて月面に足跡を残した宇宙飛行士ニール・アームストロングの半生を描いた「ファースト・マン」が、2月8日から公開中される。1969年、世界中が固唾をのんで見守った月面着陸という歴史的偉業を、あえて本人と家族の個人的な体験として描いた。これは、ひとりの男の喪失と再生の物語だ。(取材・文/編集部、写真/奥野和彦)
「これはひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」という名言を残した、アポロ11号の船長アームストロング。ジェームズ・R・ハンセン著「ファースト・マン ニール・アームストロングの人生」を基に、当時の宇宙飛行士やNASA職員たちの奮闘、そして人命を犠牲にしてまで行う月面着陸計画の意義に葛藤しながらも、世紀のプロジェクトに挑んだアームストロング自身の姿が描かれる。今作は「ラ・ラ・ランド」製作前から企画が進み、チャゼル監督の「彼以外は考えられない」という強い希望でゴズリングのキャスティングも初期段階で決定。まさに二人三脚で作り上げた作品だ。
気心知れたふたりの間には和やかな空気が流れていた。筆者がNASA限定バージョンのスペースペンを取り出すと、ふたりは大盛り上がり。ゴズリングが、「(月着陸船パイロットの)バズ・オルドリン役のコリー・ストールは、初めて俳優として稼いだお金でスペースペンを買ったんだって」と小ネタを披露すると、チャゼル監督は「本当!? それって完璧じゃないか! その話は誰も知らないよ……」となぜか少し残念そうな顔。「カットしちゃったんだけど、皮肉にもバズが点火スイッチの不具合をスペースペンで押して直すシーンを撮影してたんだ。これは史実に基づいていているんだよ」と裏話を披露してくれた。
「ずっとペンの話をしていてもいいよ(笑)」と、茶目っ気たっぷりに話すゴズリングからは想像もできないほどに、演じたアームストロングは悲劇に打ちのめされ続ける。あまり知られていないが、61年にアームストロングは最愛の娘カレンを病で失っている。その悲しみから逃れるように、空軍のテストパイロットの職から離れ、アポロ11号計画に繋がるNASAのジェミニ計画の宇宙飛行士に応募するのだ。
宇宙が題材のショーアップされた映画は数え切れないほどあるが、今作はあえてその真逆を追求。最高に華やかに描くこともできた人類の偉業を、親密な家族の物語に仕上げた。
「最初からライアンとは、宇宙よりも家族の姿を描くことを重視したいと話していたんだ。歴史の本が語るような壮大な物語ではなく、家族のホームビデオのように感じる、小さくて親密な事柄を描きたかった。(家族や友人との)親密な空間は16ミリフィルムで撮るというアイデアに、みんなが興奮していたよ」(チャゼル監督)
ふたりは、実際にアームストロングの家族とも多くの時間を過ごしてリサーチを重ねたという。インタビューの前日に行われた会見で、実在の人物を演じることに「プレッシャーを感じていた」と語っていたゴズリング。映画の完成時に気になったのは、やはりアームストロングの家族の反応だった。「ぼくらにとって1番の基準になったのは、ニールと(当時の妻である)ジャネットの2人の息子であるリックさんとマークさんの気持ちだ。テストの合否は彼ら次第だった。だって、彼らにとってニールとジャネットは歴史上の人物ではなく、あくまでも父親と母親だからね。だからこそ素晴らしい映画を作りたかったし、敬意を払いたかった。彼らが映画を支持してくれているのを感じて、安心したよ」
チャゼル監督は、「ライアンが今作を、『これは月面着陸に挑戦する男の物語だと思うかも知れないけれど、それよりも、いろんな意味で地上に戻ろうとする男の物語なんだ』と言い表したことがあって、それがすごく僕の胸に響いたんだ」と、ゴズリングの今作への解釈を絶賛する。「これは、大きな喪失を経験したことで碇を失い漂っている男が、物理的にだけではなく感情的にも、(地球や家庭という意味での)“ホーム”への帰路を見出そうとする物語だから」
観客は、ゴズリングやジャネット役のクレア・フォイの演技、チャゼル監督のきめ細やかな演出で、そのメッセージを痛いほど受け取ることになる。ゴズリングの感情を抑えた演技から、当時の宇宙飛行士が“片道切符”を覚悟していたことを悟らせながらも、不安を募らせていく家族の描写で、このミッションの最重要事項は彼らを再び地上に戻すことなのだと印象付ける。
アームストロングらアポロ11号の乗組員が全員無事に地球に帰還したことは、史実として周知の事実だ。それでも、小さなブリキ缶のような宇宙船に乗り込み、一瞬で死をもたらす未開の宇宙空間に飛び立つ姿を見ると、手に汗握らずにはいられない。
そんなことを実際にやってのけた男たちの精神構造はどんなものなのか。実際に、月面着陸というミッションを達成するまでに、たくさんの宇宙飛行士が犠牲になった。劇中で、親友ともいえる仲間の死を知らされたときのアームストロングの絶望を、ゴズリングは最小限の演技で効果的に伝える。
「お世辞を言うわけじゃなくて、物語を伝えるのはすべて監督の手腕だ。デイミアンのような素晴らしい監督と働くのは本当に楽しい。小さな仕草でたくさんのことを物語れるように演出してくれているからね。役者としては、与えられた役柄を自分なりの解釈で、心に従って誠実に演じるだけなんだ」(ゴズリング)
これまで数々の難役を演じてきたゴズリングだが、「『ニール・アームストロングを演じる』と言うと、みんなに『そうなんだ……頑張ってね!』と言われたよ」と笑う。「世間的には、感情を表に出さない人というイメージがあったからね。でも、実際にお会いした彼の家族や親しい友人の方々は、そんな風には思っていなかった。世間には見せなかった彼のチャーミングさや、ユーモアのセンス、愛情深い一面を教えてくれたよ。だから、常にその両面を見せることを心がけていたね」
家ではしゃぐ子どもたちに、アームストロングが「反省するために壁に向かって立っていなさい」と命じ、ジャネットとこっそり笑い合うシーンがある。何気ないが、彼のお茶目な一面が垣間見える場面だ。「あのシーンは素晴らしいよね。デイミアンが2週間“カメラテスト”と称して、ずっとぼくたちを撮っていたときのものなんだ」「一般家庭でいかにもありそうなこと。そういう瞬間を意図的に描写するのは難しいし、台本に書いてあって演じるのはもっと難しい。デイミアンがぼくたちに家族として過ごす時間を作ってくれたおかげで撮れたシーンだよ。あの期間で撮ったシーンは映画にたくさん使われているんだ」
真面目に語るゴズリングの横で、チャゼル監督は「自分の子どもにもそう言ってるの(笑)? あれはライアンのアドリブなんだよ」と暴露。ゴズリングは、「言わないよ(笑)! いかにも60~70年代の親父みたい。そんな古風なしつけはしていません(笑)」と、父の顔をのぞかせた。
ミュージカルに伝記ドラマ、互いに確かな信頼を寄せ友情を育んだふたりは、次は何を見せてくれるのか。底知れぬ最強タッグの今後に、期待は高まるばかりだ。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
第86回アカデミー作品賞受賞作。南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を、「SHAME シェイム」で注目を集めたスティーブ・マックイーン監督が映画化した人間ドラマ。1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク州サラトガ。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多くいた黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズの地へ売られてしまう。狂信的な選民主義者のエップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して尊厳を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。