NYインディーズ映画界の名匠ハル・ハートリー、初期3部作に宿った「“違い”を感じてほしい」
2018年12月13日 20:00
[映画.com ニュース] 1990年代にニューヨーク・インディーズ映画界をけん引した名匠ハル・ハートリー監督。その人気を決定付けた初期3作品「アンビリーバブル・トゥルース」「トラスト・ミー」「シンプルメン」からなる「ロング・アイランド・トリロジー」のデジタルレストア版が、11月23日にBlu-ray&DVDのBOXセットとしてリリースされ、さらに12月14日にはアップリンク吉祥寺の劇場オープニング作品として公開を迎える。劇場初公開から長い年月が経った今、それら初期作品についてハートリー監督が語ることとは何か。ハートリー監督のニューヨークの事務所で話を聞いた。(取材・文/岡本太陽)
「アメリカやヨーロッパの先進国では、当時『違い』に対して大きな関心が寄せられていた。その空気の中で今までとは違う物語や声が生まれ、低予算の映画が作られていった」と、ハートリー監督は優しい口調で話し始め、「ニューヨークにはジム・ジャームッシュがいてね。彼は僕が映画を作る前にすでに2本を撮っていたし、彼の作品に僕はとても支えられたよ。彼の作品の誠実さやユーモアにとても共感した」と、どんな環境の中でニューヨークを代表する映画作家ハル・ハートリーが誕生したのかをまず言葉にした。
「ロング・アイランド・トリロジー」が製作された89~92年は、日本はちょうどバブル絶頂期から崩壊ごろまでの時期。その時代は、映画の中でも示されるように、決められたレールの上を進むことが好まれたエリート主義の世の中。当時の作品からは、30歳前後とまだ若かったハートリー青年の社会に対する辛らつな眼差しが感じられる。「当時の作品では明らかに資本主義に対する批判を描いていた。いろんな文献を読むようになって社会主義的視点を持つ自分自身に気づいていき、世の中の出来事も社会主義的観点で見ていたよ。もしかすると『シンプルメン』に登場する父のようなアナーキストに近い目で世界を見ていたかもしれない」
また、「アンビリーバブル・トゥルース」の主人公オードリーが環境破壊や核の脅威に震えているように、経済が最優先される世の有りように「このままでは世界はどうなってしまうのだろうか?」とハートリー監督自身も疑問を抱えていたという。「オードリーほど過剰ではないけれど、未来への不安はあった。当時の観客は映画に出てくるオゾン層破壊のネタを笑っていたけれど、今はもう誰も笑わない。現実だからね。これからの世代にはもっと生きにくい世界になってしまうだろう。けれど僕は悲観的にはなりたくなかった。『ここが問題なんだ! ではどうするべきか』と映画を通して訴えたかった。だから僕の映画の登場人物たちはその気持ちを代弁しているんだ。あの頃はとにかくテレビに出てくる政治家や、ポップスターが『世界は素晴らしい』なんて言っているのが耐えられなかったよ」
「トラスト・ミー」では特に顕著に表れているが、その頃のハートリー監督はテレビに強い不信感を抱いていたという。「当時はテレビからみんな情報を得ていた。僕がそうだったように、『トラスト・ミー』のマシューはあの箱から発信される情報を全く信用していない。全部ニュースのような格好をした宣伝だからね。人間はみんな簡単にコントロールできるんだ。結局みんな自分で考えるより教えられる方が楽だから。あの頃も今も何も変わっていないよ。経済的成功やセレブリティが神聖化され崇拝され続けている。僕はずっとそんなことくだらないと思っているけれど。90年代も後半に入りインターネットが現実的になってきたときには、『ヘンリー・フール』で同じようなことをやったよ」
マーティン・ドノバンやエイドリアン・シェリーら、同じ顔ぶれの俳優が参加しているのも当時のハートリー作品の魅力のひとつ。ハートリー監督は彼らのことを“一座”と呼ぶ。「ロバート・ジョン・バーク、エディ・ファルコ、マット・マロイ、ビル・セイジは学生時代からの知り合いで、いつも互いの作品を助け合う仲間なんだ」と馴染みの俳優たちについて触れ、常連俳優マーティン・ドノバンを発見した経緯を次のように話す。「マーティンは、エイドリアンと演劇を見に行ったときに見つけた。舞台上の彼を見ながらエイドリアンが肘で僕の胸を突いて言うんだ、『彼が良いんじゃない?』って。実は『トラスト・ミー』でマーティンが演じることになったマシューは、元々10代に設定されていたから、『17歳の子が好意を持つ相手としては年上過ぎないかい?』とエイドリアンに聞いた。すると彼女は『ちょっと興奮する』と答えたよ」
「90年代は5分として同じ場所にいたことがない」と言うほど多忙を極めたハートリー監督。彼の人気に火をつけたトリロジーは果たしてどんな扉を開いてくれたのだろうか。「『シンプルメン』がカンヌのコンペティション部門に招待されてから、フランスやイギリス、ドイツで僕の作品が高く評価されるようになった。だから『シンプルメン』の後に、僕が何をやるのか関心が集まっていたし、自然とお金も集まってきた。そうしてノンストップで『愛・アマチュア』『FLIRT フラート』『ヘンリー・フール』と作品を作り続けたよ」
若きハートリー青年の独自の思想や信念が色濃く反映されている「ロング・アイランド・トリロジー」。「低予算で映画を作りさえすれば放っておいてくれた」からこそ純度が高く、今なお多くの人を虜にしてやまない「ロング・アイランド・トリロジー」をこれから見る人たちに、ハートリー監督はこんなメッセージを贈った。
「今回僕の初期作品に初めて出合うのはおそらく若い人たちだと思うけれど、映画を見に来た人たちには、今とは違うやり方で作られている当時の映画に宿る“違い”をぜひ感じてほしい。また、可笑しな映画ではあるけれど、政治から生き方までいろいろと考えるべき問題もこの3作品は提起している。そして何より、この映画たちと一緒に楽しい時間を過ごしてほしい。きっと映画の登場人物たちが、見る人の願いを叶えてくれるから。彼らは僕が一緒に時間を過ごしたい人たち。理想家でときどきクレイジーに見えるかもしれないけれど、いい奴らなんだ」
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