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第40回PFF開幕 黒沢清監督が語るロバート・アルドリッチ

2018年9月10日 19:00

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ロバート・アルドリッチ監督を語った黒沢清監督
ロバート・アルドリッチ監督を語った黒沢清監督

[映画.com ニュース]若手映画監督の登竜門である「第40回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」が9月8日に国立映画アーカイブで開幕。ロバート・アルドリッチ監督特集の「キッスで殺せ」の上映後に黒沢清監督が、生誕100周年を迎えた巨匠の魅力について語った。

高校から大学に進学する1970年代半に、「ロンゲスト・ヤード」と「北国の帝王」を鑑賞したという黒沢監督は「男と男のガチンコ勝負というか、バカみたいなことを本気でやる男たちの姿がこれほど感動的になることに驚きました」と出会いを振り返る。「当時、1970年代は、ジョン・ウェインの西部劇やチャールトン・ヘストンの歴史劇みたいなものは古典としてはアリでした。ただ、そういうマッチョな男はすでに時代遅れの時代に突入していました。当時、男の闘いを描いた作品はありましたけども、男同士の闘いというフレーズはすでに古臭く、それはみんなわかっていたので、サム・ペキンパーはやけにウェットにノスタルジックに、リチャード・フライシャーは聡明に、ドン・シーゲルは冷徹に扱っていました。その中で、アルドリッチは、誰もが古色蒼然に違いないと思っていた本気の男同士の闘いを目の覚めるような形で描いていて僕はびっくりした。しかも、男たちの闘いはくだらなく、勝っても負けてもどうでもいい。その無目的で無意味なところが1970年代だった。ばかげたことを目の覚めるような痛快さでアルドリッチは描いていた。これはある意味、画期的でほんとうにおもしろかった。当時の僕は娯楽映画はここにあると思いました」と述懐。

アルドリッチ作品の中でカルト的な人気を得ている1995年製作の「キッスで殺せ」は5回鑑賞しているそうで、「説明できない大きな要因にあげられるのが、物語がよくわからないこと。結末はすでにわかっているので、今日はラストから逆算してみていったが、やっぱり物語の全貌がつかめるようでつかめない。マイク・ハマーという探偵が一貫して謎を追っている。それはわかるのだが、それ以外のことがほとんどわからない。彼がなぜ謎を追うのかもわからない。でも、(こちらの)目をくぎ付けにする普通じゃない瞬間がいくつもある」と語り、「正直言って、この映画を娯楽映画の巨匠、アルドリッジの代表作にしていいものか迷います」と率直に述べる。

そして、「アメリカのある種の低予算映画、多くはアメリカの探偵小説をもとにしていて、探偵が謎を追う構造、当時の第2次世界大戦やのちの赤狩りの時代、暗い世相を反映させている」とフィルム・ノワールの定義を示し、「フィルム・ノワールで扱われる謎は、実際はもっとわかりやすい。たとえば欲に直結した金や宝石、麻薬そういった類が多い。そして、誰がほんとうに悪いのか、悪いのは誰なのか、悪の正体を暴くのではなく、善悪の区別がつかなくなり、本当の善悪など存在しないということがこのジャンルでは重要。その中で、『キッスで殺せ』は特別といっていいでしょう」とまとめる。

さらに、「通常の娯楽映画が扱うことを避け、フィルム・ノワールという特別なジャンルの映画でさえ、その複雑な物語の中で暗示的に示すしかない悪の本質、あるいは死そのもののイメージをこれでもかというぐらい露骨に直接的に鮮烈な映像として観客の脳裏に焼き付くような形で言及した。それが『キッスで殺せ』かもしれない。これほどまでに露骨に謎が目の前に露呈する映画はほかにない。これは謎をめぐって人が右往左往するのではなく、誰が悪者なのかという結末の映画でもない。謎そのものが、悪そのものが最後に目の前にその正体を現すという映画。もはやフィルム・ノワールでなくなっていると言っていいかもしれない。こんな途方もない映画は、アルドリッチのフィルモグラフィーにも、世界の映画の歴史においてもほとんど見当たらない」と持論を述べた。

「第40回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」は、9月22日まで国立映画アーカイブで開催。

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