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往年の大スター、有馬稲子が語る“残酷の映画史”

2018年6月28日 17:00

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取材に応じた有馬稲子
取材に応じた有馬稲子

[映画.com ニュース] 小津安二郎監督の「東京暮色」(1957)や「彼岸花」(58)、元夫の故萬屋錦之介さんと共演した「浪花の恋の物語」(59)などで知られる女優・有馬稲子が6月28日、映画人生を語った「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」(筑摩書房、樋口尚文共著)を出版した。日本映画の黄金期だった1950年代に小津、内田吐夢今井正小林正樹といった巨匠と仕事をした“スタア女優”が語る映画界の“残酷”とは……。(取材・撮影/平辻哲也)

有馬は今年4月で86歳。戦時中は韓国・釜山で過ごし、引揚船で下関へ。その後は宝塚歌劇団を経て、51年、「寳塚夫人」で映画デビューし、70本以上の映画に出演した。映画界が斜陽化する中、演劇に活動の舞台を移し、テレビにも多数出演。最近では倉本聰氏が手がけたテレビ朝日系昼の帯ドラマ「やすらぎの郷」での演技も印象深い。同書では、映画評論家の樋口氏のインタビューに応える形で、黄金期に出会った巨匠監督や共演者の秘話や自身の私生活について語っている。

「私はもうすぐ死ぬから、生きているうちに聞きたい、ということでしょうと思うんですけども……。映画時代には、いろんな目にあいましたからね。そのことをいっぺん書きたいと思っていました。本当のことしか言えない人だから、全部実際にあったことです」

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小津監督の4K修復版を一挙上映する「小津4K 巨匠が見つめた7つの家族」が7月7日まで東京・角川シネマ新宿で上映中。上映作品「東京暮色」は妻の駆け落ち以来、男手一つで2人の娘を育ててきた銀行員(笠智衆)の物語。長女(原節子)は夫とうまくいかず、出戻り。次女(有馬)は男に騙されて妊娠し、悲劇的な最期を迎えるという異色ホームドラマ。有馬の代表作にもなった。

「最近、見返してみて、大した作品だなと思いましたね。小津さんはやさしかったですね。(撮影では)あがらなかったし、怒られたこともない。終わったら、ご飯を食べに行こうと言って、大人数でステーキを食べたり、お酒を飲んだりしました。いつもチャコールグレーのスーツに白シャツ。1着しか持っていらっしゃらないと思っていたんですが、ある時、おうちに行った時に押入れを見たら、10着くらい同じものが入っていたんです。あ、この方はこれしか着ないんだ、と思いました。ユニークな人でしたね」

一方、厳しかったのは、三國連太郎主演の「夜の鼓」(58)の今井正監督という。「あんなに絞られたことはありません。私が1週間撮影を止めてしまった『待って』事件というのがありました。ただ『待って』というだけのシーンなんですが、全然OKが出ないんです。1日で300回くらい『待って』と言い続けました。1週間はやったんだから、2000回は言いましたね。今井さんは100回くらいやらせた後に、『3つ前がよかったんじゃない?』というわけです。こっちはパニクっているし、どういう言い方をしていたかなんて、覚えていないんです。何にも収穫のないまま、ホテルに帰るわけです。3日目か4日目にホテルから飛び降りようかと思ったくらいです。なぜパスしたのかはいまだに分からないです」

私生活では萬屋錦之介、実業家と2度結婚したが、離婚。子宝には恵まれなかった。本ではそんな結婚生活の顛末のほか、20代の頃に出会った17歳年上の巨匠監督との不倫についても告白している。ある時、妊娠していることが分かり、そのことを告げると「堕ろして欲しい」と言われ、密かに堕胎した。その後にその監督が2歳の子どもの視点でサラリーマン一家の姿を描いた作品を見て、ショックを受けたという。

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「7、8年続きましたけども、惨憺たるものだったわね。たくさん恋していなかったらね、印象的というか……。若い頃は自分の撮影に忙しくて、あっちこっち行っていましたので、あまり思わなかったのですが、年を取っていくに連れ、だんだん腹が立ってきてしまったんです。心のどこかにあったんでしょうね。いま、なおさら許せない。ひどい男だったと思います。私、子どもが好きなんですよ。だから、子どもが欲しかったんです。それがいまだに胸の奥にしっかり残っています。私の人生はもうすぐ終わる。だからこそ、あの恋愛は失敗だったと思うんです」

10年前に田園調布の家を引き払い、横浜市の高齢者向けの高級マンションでひとり暮らし。若い時から好きだった読書に勤しみ、共有の庭にある「モネコ・ガーデン」と名付けた花壇の世話もしている。「宝塚の同期生が住んでいて、気に入ったんです。廊下でもどこかに人がいるでしょ。一人じゃないからね、もし、なにかあっても誰か来てくれる。一人の家に住んでいる時は夜が怖いんです。ちっちゃな部屋になってしまったけど、こういう集団生活は年を取ると、とてもいいです。今年は忙しくしています。本を読んでいるか、何か作っているか、テーブルに向かっていることが多いですね。1日がすぐに経ってしまう」

目下、夢中になっているのは、2015年3月から始めた「語るエッセイ」の企画だ。本を片手に自身が思っていることを語るという独特の語り芸。「朗読ではなくて、本を見ながら、しゃべるんです。最初に、『良寛さまと貞心尼』というのをやりました。それが新聞に載ったら、全国から良寛さまに関する自費出版の本が送られてきたんです。みなさん一生懸命書いているから、面白いんですね。それから、瀬戸内寂聴先生の『田村俊子』『かの子繚乱』『美は乱調にあり』を簡単にして、寂聴先生の歴史とともに語ったんです。寂聴先生も来てくれてね、『自分のことを言われて恥ずかしかった』とおっしゃっていました。今は(ベストセラーになった)『君たちはどう生きるか』を、お話にしようと勉強しています」と目を輝かせる。

本の刊行を記念して、特集上映「女優 有馬稲子」が7月7日から20日まで東京・シネマヴェーラ渋谷で開催。お気に入りの作品を聞くと、「『夜の鼓』、『かあちゃんしぐのいやだ』、山本富士子さんと共演した『彼岸花』、小林正樹監督の『泉』もなかなか。『浪花の恋の物語』、『黒い河』、百姓の妻を演じた『赤い陣羽織』もいきいきしています。なんと言っても好きなのは、『通夜の客より わが愛』。これは、私が出した企画なんですよ。井上靖さんの三部作として『猟銃』『闘牛』全部やりたい、と言ったんだけども、岡田茉莉子さんに『猟銃』を譲って、これを選びました。(主演の作家役の)佐分利信さんがよくてね。温かい人で、演技も的確。その後、テレビドラマでやったときも、佐分利さんでやったんです」

特集上映は「夜の鼓」「通夜の客」を始めDVD化されていない主演作が多数上映され、貴重な機会となる。7月7日、20日には、樋口氏とともにトークショーを行う。

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