ナチスナンバー2の秘書が69年の沈黙を破る「ゲッベルスと私」 製作陣が撮影の裏側を告白
2018年6月15日 14:00

[映画.com ニュース]ナチス政権の国民啓蒙・宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスの秘書を務めたブルンヒルデ・ポムゼルが、終戦から69年の沈黙を破り、撮影当時103歳でインタビューに応じたドキュメンタリー「ゲッベルスと私」。6月16日の日本公開を前に、ウィーンを拠点にする国際ドキュメンタリープロダクション「ブラックボックス・フィルム&メディアプロダクション」のクリスティアン・クレーネス監督、フロリアン・バイゲンザマー監督が、30時間にも及んだ独白の裏側を明かした。(取材・文/編集部)
1942年から終戦までの3年間、ゲッベルスの秘書として誰よりも近くにいたポムゼル。本作に着手する前、ナチス関連のドキュメンタリーを製作していた「ブラックボックス・フィルム&メディアプロダクション」は、そのリサーチ過程で彼女の存在へと偶然たどり着いた。「20世紀をずっと経験している彼女を題材にできるということは、我々にとって物凄いチャンスだった。聡明でユーモアがあり、ストーリーテラーとしての素質を備えていた」(バイゲンサマー監督)という発言を補足するように、クレーネス監督は立ちはだかった“壁”に言及した。
クレーネス監督「かつて取材を受けたドイツの新聞社に、自らの話を歪曲して書かれてしまったため、彼女は『(取材は)2度と受けない』という態度だった。製作はノーチャンスに等しかったんです。インタビューに応じてもらうための交渉に要した時間は、約1年間。当時のことをあらゆる角度から“自由に語る”機会を設けるという説得の仕方で、信頼関係を築いていったんだ」

“自由に語る”という発言は、確かに反映されている。ポムゼルの回想は、ゲッベルスの人物像、ナチス中枢の光景だけでなく、自身の幼少期や初恋、仕事の変遷、そしてユダヤ人女性との友情も内包している。ここまで多くの話題を引き出せた要因の1つが、本作の製作体制だ。オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットホーファーを加えた4人が監督としてクレジットされていることに触れると「全員ジェネレーションが違うんだ。それぞれの感性で作品をとらえることができた点に加え、ポムゼルとのリレーションも異なった。人によって、得られる話と得られない話があったんです」(クレーネス監督)と振り返った。
ポムゼルの独白の合間合間には、米国ホロコースト記念博物館に所蔵される、スティーブン・スピルバーグ・フィルム&ビデオ・アーカイブ・コレクション収蔵の映像が挿入されている。「編集、カラー化していないオリジナルの素材」「世界初公開」を基準に使用しているが、各国のプロパガンダ映像でもあるため「映画に意図的なカラーをつけないように、使用している映像には『いつ、どこで、誰がつくったのか』というラベルを貼っただけ。それ以上説明してしまえば、思考が入ってしまう。あくまでニュートラルにしたかったんだ」(バイゲンサマー監督)と選定は慎重に行ったようだ。
バイゲンサマー監督「アーカイブ・フッテージには、ポムゼルの記憶を“可視化”する意味合いもありますが、彼女が忘れていること、認めないことを対比として見せる効果も狙いました。ポムゼルは『ユダヤ人の虐殺は知らなかった』と語っていますが、その後に虐殺された人々を映した映像を見せているんです」
とりわけ着目すべきは「10」という数字だ。「彼女に対して10以上の質問をしていますが、語っている内容は10のチャプターにわけている」(クレーネス監督)という言葉には、ある目論見が隠されていた。1943年2月18日、ベルリン・スポーツ宮殿で総力戦を訴える演説を行ったゲッベルスは、大衆の昂揚感を高めるべく、いくつかの質問を声高に投げかける――その数こそ「10」なのだ。劇中ではチャプターの区切りを明確にすべく、ゲッベルスのフレーズを引用。さらに「当時の人々は、主にラジオで演説を聞いていた」という事実を表現するべく、ゲッベルスの演説に関しては“音声”のみを抽出するなど、細部にこだわりを見せている。

4カ月以上の編集作業では「自分たちが彼女をジャッジしない」という点に注意を払った。「どのように編集すれば、彼女のナチュラルな人物像が出せるのかということ。(完成作では)最初共感を抱くようになるが、次第に『嘘をついているんじゃないか?』と思うかもしれない。人によっては、彼女を嫌いになるかもしれませんね」というバイゲンサマー監督に対し、クレーネス監督は「バランスが難しいんです。そこを崩すと映画が成立しない。彼女のバランスを調整することこそ、我々の映画づくりだった」と述懐した。
2017年1月27日、106歳で人生の幕を閉じたポムゼル。本作を鑑賞したのは、前年度16年のミュンヘン国際映画祭でのプレミア上映の場だ。自分を中心とした映画が世に放たれたことを心の底から喜んだようだが、クレーネス監督の脳裏には、彼女が述べた感想が刻み込まれている。
クレーネス監督「『自分の晩年に、自分の人生を映し返す鏡のような映画』という言葉が印象的でした。そして、この作品を見ることによって『自分のミステイクに気づいた』と――彼女は“罪”とは言わなかった。『これは間違いだった、自分の間違いがわかった』と仰ったんです」
「ゲッベルスと私」の原題は「A German Life」――そのタイトルが示すように「全てのドイツ人を象徴する」映画である。「あの時代を包括したい」という思いに駆られたクレーネス監督らは、4つの強制収容所を6年間生き延びたユダヤ人のマルコ・ペインゴールド(現在105歳)に肉薄した「被害者」サイドの作品に加え、「加害者」「レジスタンス」に焦点を当てた作品を構想しているようだ。
ガーナの家電ごみ汚染を追った「Welcome to Sodom」は、コペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭(CPH:DOX)で喝さいを浴び、海洋資源の乱獲問題、分断の象徴ともいえる有刺鉄線に焦点を当てた新作も準備している「ブラックボックス・フィルム&メディアプロダクション」。良質かつ革新的なドキュメンタリーを選ぶ指標の1つとして、同プロダクションの名前は記憶しておいた方がいいだろう。
「ゲッベルスと私」は、6月16日から岩波ホールほか全国で劇場公開。
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