「ミューズとその反撃を描いている」「ファントム・スレッド」ヒロイン像を映画ライターが分析
2018年5月8日 13:00
[映画.com ニュース] ポール・トーマス・アンダーソン監督とオスカー俳優ダニエル・デイ=ルイスが再タッグを組み、第90回アカデミー賞の衣装デザイン賞を受賞した「ファントム・スレッド」の最速試写会イベントが5月7日都内であり、映画評論家でライターの森直人氏、映画ライターでコラムニストの新谷里映氏がトークを行った。
映画は1950年代のロンドンを舞台に、オートクチュールの仕立て屋レイノルズ・ウッドコック(ルイス)と若きウェイトレス、アルマ(ビッキー・クリープス)の危うくも美しい恋の駆け引きを描いたラブストーリー。
本作を2度鑑賞した新谷氏は「1回目は、何もかも美しく、完璧主義のアンダーソン監督のすごい作品を見たという印象で、こういう男と女の愛の形があるのかと純粋に受け止めた。ドレスや、メゾンの建物の中を確認したかったので2回目を見ましたが、2回目は(劇中で)彼女が何をするのか知っているので、女の計算高さとか、幸せを手に入れるための努力、そういうところに目がいった」と別の角度からの感想を語る。さらに、「アルマは20代だし、普通は60代のおじさんについていかないと思う」「イギリスは階級社会なので、結婚相手で人生が決まる。彼に声をかけてもらったことは心の中ではガッツポーズだったのでは」とヒロインの女性らしいしたたかさを強調した。
「完璧な映画と言われていているが、あからさまに完璧だと思う」と評した森氏は、新谷氏の発言を受け、「もっと素で撮っている気がする。アンダーソン監督はずっと地元のカルフォルニアを舞台にした作品で、アメリカを語り直すということをしてきた。僕は今回なぜイギリスかと考えたときに、歴史を掘っているのではなくて、アンダーソン監督の自分語りで、主人公が監督の自画像に近いのでは」と持論を述べる。そして、「ナチュラルに描いているという仮説にすると、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の構造、石油王と牧師のパワーゲーム的なSMチックな主従関係、手癖が出てると思う」と付け加えた。
また、新谷氏は「アルマがレイノルズの何に惹かれたのかは描かれてないけれど、彼に選ばれたことによって底辺から這い上がれると舞い上がる。そして、レイノルズにとっては、自分の創作意欲を掻き立てるミューズ、マネキンみたいなものだったのでは」と、アーティストとミューズの関係に言及。
森氏も「男性の創作のインスピレーション源になるモノという意味で、近年ミューズという言い方が、性差別であるとされていますが、この映画もオタク的な人間にとってのミューズと、その反撃を描いている。レイノルズは、自分の世界を完璧なものにするためのパーツとしてスカウトしたけれど、彼女にも意思がある」と説明した。
ふたりのトークは、本作のスタッフワークの良さや、完璧主義で職人気質なアンダーソン監督と主人公の比較など様々な話題に及び、アンダーソン監督が過去作から一貫して描いているのは家族の物語であると結論を出す。最後に、今回アルマ役に抜てきされたビッキー・クリープスについて「ミューズ感のある人。いい意味で素朴だった女性が、この映画の出演を機にスターダムに行くから、アルマとかぶる。女性として、幸せを自分の手で勝ち取りに行っている。生命力がある」(新谷)、「変にリアル。カフェで働いていそう。ご自身は大柄でコンプレックスがあると言ってらっしゃるみたいですが、割とざっくりしたところが生きていると思う」(森)と新しいヒロイン像を演じた新鋭女優を絶賛した。
「ファントム・スレッド」は、5月26日から全国公開。
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