映画が地元にやってきた!知られざるフィルムコミッションのお仕事とは
2018年3月18日 08:00
[映画.com ニュース] 2017年、日本では邦画594本、洋画593本、計1187本の映画が公開された(日本映画製作者連盟)。昨今、作品やキャストのファンがロケ地を巡る“聖地巡礼”も盛んに行われている。どこで撮ったのかと思うようなシーンや、日本とは思えないような景色が登場する作品も多いが、映画製作者全員が日本を隅々まで知っているわけではない。その地域を熟知し、映像作品を支援するフィルムコミッション(FC)という団体が、映画を裏で支えているのだ。FCのシステムを初めて日本に持ち込んだ先駆者であり、全国のFCのネットワーク&国外の映像製作者からの窓口となっているジャパン・フィルムコミッション(JFC)理事長の田中まこ氏と、FCと映画製作者の関係性を描いた映画「エキストランド」(公開中)プロデューサーの田中雄之氏に話を聞いた。
「エキストランド」は、悪徳プロデューサーの駒田が、映画で地元を盛り上げたい一心のFCと市民を騙して自分のためだけの映画製作を画策し、FCと市民たちが横暴な要求に振り回されるという“業界あるある”が詰め込まれた映画。今作の企画は、以前撮影でFCに助けてもらったという田中プロデューサーが、「この人たちはなぜこんなにも協力してくれるのか」と疑問に思ったことがきっかけだという。
「僕が無知だったのですが、FC利用にかかる費用っていくらなのかなって思ったんです。結構かかったらどうしようと(笑)。でもお金がかからないって聞いて、何で? と思ったんです。それってすごく自然な感覚。そういうものだと言われても、人が良過ぎでしょう、と」
実際に田中プロデューサーは、長野・上田をロケ地とした今作の完成は「信州上田フィルムコミッション」の支援がなければ不可能で、「お金がかかったとしても確実に頼んでいた!」と明言している。ロケにおいて、FCはそれほど欠かせない存在なのだ。
有料のコーディーネーターも存在するが、FCが製作側から金銭を受け取ることはない。現在、JFC正会員のFCは112団体。行政団体や業界団体を含めると126団体が加盟しているが、そのほとんどが地域の行政によって運営されており、資金源は税金だ。
FCの3要件は、「非営利公的機関であること」「撮影のためのワンストップサービスを提供していること」「作品内容を問わないこと」。作品の性質や大小は問わず、金銭の取引も発生しない。それでも撮影に関する一元的な窓口を担い、ロケーション情報の提供や、公的施設などを利用する際の許認可調整を行う。この活動から地域が享受するものは何なのだろうか。
田中理事長「作品を支援することで地域が受ける分かりやすい恩恵は、直接経済効果です。ロケ隊が利用するホテルやお弁当、重機のレンタル会社、警備会社といった企業は、実際に今までなかった仕事が増えます。利益が増えれば雇用も納税も増える。また、映画を身近に感じていない地域の方々が、ロケがきっかけで映画を作る仕組みが分かり、それが文化振興になっていく。直接的なお金ではなくても、回りまわって地域全体にプラスになるので、決して無駄ではないんです」
多くのFCは、映画だけではなく、テレビ番組を含めた映像・スチル作品の撮影全般を支援しているが、映画には特別な力があるという。「旅番組などはとても分かりやすく観光誘致になりますが、映画の場合は必ずしもその街が“舞台”として登場するわけではない。それでも、映画は作品として残っていきます。映画ファンだからこそ興味を持ったという場所もたくさんあるはず。『ティファニーで朝食を』とか『ローマの休日』でオードリー・ヘプバーンにあこがれたたくさんの日本の女性が、たった1本の映画をきっかけにニューヨークやローマに行きたいと思ったんです。映画だからこそ伝えられる夢、魅力、魔法みたいなものがあるんですね」(田中理事長)
東京で番組制作や撮影コーディネートの経験があった田中理事長は、阪神・淡路大震災をきっかけに、「神戸を元気にするため」にFCを設立したと話す。「神戸市から何かできないかと相談を受けたんです。震災から3年後の1998年に、アメリカのFCのシステムを神戸市に提案しました」。その後、田中理事長は1940年代に世界初のFCが発足したアメリカに渡り、国際フィルムコミッショナーズ協会(AFCI)の研修・審査を経て、2000年に日本初のAFCI正会員FCである「神戸フィルムオフィス」を開設した。
そんな“老舗”の神戸フィルムオフィスでも、専従のスタッフは5人。ほとんどのFCは役所のなかの部署をFCとし、専従のスタッフは平均ひとり未満。ほかの仕事を兼務するスタッフが運営しているのが実情だ。田中理事長は、そんな状況下で大掛かりな撮影を支援するのは「大変です」と率直に話してくれた。「大きな商店街などでの撮影では、閉店後に何時から何時まで撮影用にまた照明を付け直してください、お店のシャッターを開けてくださいとお願いしなければならない。全員が同じ日の同じ時間に都合がいいということはまずないんです。それを調整するのは、本当に大変なことです」
FCは、地域を外部にPRすると同時に“守る”という役目も担っている。「エキストランド」ではことごとく街が振り回され、文化遺産がぞんざいに扱われ、市民が疲弊していく様子が描かれている。もちろん誇張されている部分もあり、田中理事長も「これがFCの普通の姿だと誤解されると困ってしまいます(笑)」とコメントしているが、実際に地域側と製作側の要望のバランスを取ることが非常に重要だと語る。「例えば、文化遺産の近くで撮影用のドローンが事故を起こしたら? 税金を使って自分たちの財産を壊していたら意味がない。なんでもかんでも受け入れるのではなく、地域の財産を守るのもFCの重要な仕事です」
FCの仕事は、撮影が終わってからも配給、宣伝、興行まで関わり、地元での公開方法の提案や関連イベントの企画まで続いていく。「撮影をただ支援するのではなくて、出来上がった作品をひとりでも多くの人たちに見てもらって、何かを感じてもらうことが大事。自分たちの地域を客観視するきっかけになるのが映像だと思うんです。支援した作品自体が地域の宝物になって、ロケ地になった場所を大切にして、地元愛が強くなっていくことが理想です」
苦労のなかにやりがいと喜びを見出す田中理事長のバイタリティの根底にあるのは、映画愛だ。小学生のときには「サウンド・オブ・ミュージック」の世界に感銘を受け、「いつかオーストリアに行きたいと思った」という。「その現象自体がすごく嬉しくて素敵だなと思う。行かずにはいられないという気持ちになってくれる人がひとりでも多ければ、それが成功。そんな作品に出合うことはなかなかないですが、1本でも多くそうなるようにしていきたいですね」
日本のエンタテインメントの本拠地は東京かもしれないが、ロケ地になる可能性はどの地域にもある。自分が住む地域で、予想外の作品が撮影されていることがあるかもしれない。大スクリーンのなかに“地元”を再発見するときめきを味わって欲しい。
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