「ゆきゆきて、神軍」原一男監督23年ぶりの新作、“ニッポンの普通の人々”の闘いを映す

2018年3月10日 13:30

原一男監督
原一男監督

[映画.com ニュース]「ゆきゆきて、神軍」で知られるドキュメンタリーの鬼才、原一男監督が、大阪・泉南アスベスト工場の元労働者らが国を相手に起こした訴訟の行く末を記録したドキュメンタリー「ニッポン国VS泉南石綿村」が公開した。8年にわたる取材、撮影と2年の編集期間を経て、215分2部構成で完成した23年ぶりの新作を原監督が語った。

明治時代から石綿(アスベスト)産業が盛んとなった大阪・泉南地域。長期間にわたり繊維を吸い込むことで、中皮腫や石綿肺を発症するアスベストの健康被害を被った石綿工場の元従業員や近隣住民たちが国を相手に国家賠償請求訴訟を起こした「大阪・泉南アスベスト国賠訴訟」に原監督が密着。「市民の会」の調査などに8年間にわたり同行し、裁判闘争や原告たちの人間模様を記録するが、長引く裁判は原告たちの身体を確実にむしばんでいく。

--「ゆきゆきて、神軍」など過去作とは異なり、今作では、石綿の被害がなければ普通に生きる市民を被写体に選んでいます。

「20代頃、私は普通の人は絶対撮らないという意思を持ってドキュメンタリーを作り始めたんです。しかし、30数年後、絶対撮らないと決めた普通の人を撮る様になってしまった。何でこうなったのだろうと因果を呪いながら、その意味について、今現在も考えています。石綿問題についてたまたま声をかけられたので撮り始めましたが、こうして映画が出来上がってみると、偶然ではなく必然だったと感じるのです。私の師匠のような存在である浦山桐郎監督から、『映画というのは偶然を必然に変えるんだ』とよく言われました。だから、絶対、普通の人間は撮らないと思っていた私だからこそ、一回りして、普通の人を撮った。そして、『その意味を考えなさいよ』と奥崎さん((「ゆきゆきて、神軍」の奥崎謙三氏))が私にそう仕向けたようだと感じています」

--原告団の人々それぞれの人生やキャラクターが個性豊かでドラマチックです。

「撮影している間に彼らのことをそのように思ったことはなかったんです。もっと強く自分を出してくれないと面白い映画にならないじゃないかと思い続けていましたから。映画が完成して、見てくれた人たちに面白いと言ってもらって、それがすこしずつ自信になり、その意味を考えています。撮っている時はそこまで考えが至らなかったのですが、登場する“普通の人”たちは労働者。工場で働いていた人たちは被差別部落の人と、在日の人が多いんです。日本の貧困地帯は各所にありますが、隠岐島の外れの集落から、泉南に一番たくさん来ているんです。また、仕事がない鹿児島や沖縄の人、炭鉱がつぶれて職を失った人たちも流れてきた。撮影が終わって、そのことをしみじみ考えました。“流れ者”と言いますか、日本の社会の最底辺でうごめいている人たち。私自身も、流れ着いて今東京にいるその中の一人ではないかということに気付いたのです」

「自分自身の映画を作っている私という以前に、私がどういう出自を持った人間であるかということをまざまざと思い起こさせられました。流れてくる人は組織労働者ではないから、何か問題が起きたときに、資本を持っている人が押し潰したり、無視しやすいので問題が起こりにくい。そういうところを狙って、工場を建てたり、新しく産業を興そうとするんです。水俣も福島も全く同じ構造です。権力者がいて、産業が発展していくという時代の中で、アスベストという時代が豊かになっていくために必要なものを生産する。その構造を明らかにすることで、日本の社会が持っている、矛盾、悪の根源が見えてくる。映画の作り手として、そういう感覚を今回の作品ほどはっきり感じたことはありませんでした」

--原告団のみなさんのなかで、最後まで怒っている方がただひとりだけだったことが印象的です。

「言葉で表現するとみんな“いい人”なんです。登場人物の全員を衒いもなく、好きだよね。って言えるのは珍しいんです。『ゆきゆきて、神軍』の奥崎さんは愛憎そのもので、憎しみの部分が増えてくるくらいでしたから。ただ、言いたいのは、権力者に対してもいい人である必要はないということ。そこは、きっちり批判しなきゃいけない。いい人が持っている、打破すべき部分が今回の作品のなかで明らかになっていると思います。いい人の中の憎むべき部分を、白日の下にさらさないと、たくさんの人が平和になる世界は来ないというメッセージ。それははっきりと言えます」

--ドキュメンタリー監督として40年近くのキャリアをお持ちです。何かの使命を感じて作品を発表していらっしゃるのでしょうか。

「今回、アスベストの裁判闘争の記録を正面からきっちり描こうと思っていましたが、運動の記録映画のレベルに止まったら、作り手として失敗だと思いました。闘争以上の何かが描けているかどうかということが重要なのです。国民、市民、庶民といろいろ言い方はありますが、日本人の9割以上の人が支配される層で、もちろん映画を作っている私もそうです。私たち自身の生き方を、ここらで問い返してみないと、この国はまずい時期にあると思うのです。『自分ひとりの幸せだけを考えていると、支配する人たちにいい様にされてしまうよね。あなたたちどう生きていくの?』という問いかけを発したいのです。芸術は絶えず時代に対して批評していくもの。権力を批判して、これでいいのかと問うのが芸術の役割です。ドキュメンタリーも芸術という範疇のひとつだとすれば、問題を提示してこそ、作品として世に出る価値があると考えます。そういう意味で、日本人の生き方を問うということだけは鮮明に作品に込めて世に出して行きたいのです」

ニッポン国VS泉南石綿村」は、東京・渋谷のユーロスペースで公開中。

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原一男監督の代表作とも言えるドキュメンタリー。大戦中に起きた事件の真相を追究するアナーキスト奥崎謙三を追い続けた作品。

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