各界から絶賛の「ニーチェの馬」、高橋順一教授が観客にプチ“ニーチェ”講義
2012年3月7日 19:08
[映画.com ニュース] ハンガリーの鬼才タル・ベーラ監督が、「神は死んだ」の言葉で知られるドイツの哲学者ニーチェの逸話からインスピレーションを得て製作した最新作「ニーチェの馬」。本作公開を記念し3月7日、比較思想史家で現在早稲田大学で教鞭をとる高橋順一教授が「『ニーチェの馬』を深く読み解くヒント」と題した観客向け講義を、都内の劇場で行った。
タル・ベーラ監督が、自身にとって最後の作品だと述べる本作は、疲れ果てた馬の首をかき抱き、そのまま発狂したと伝えられるニーチェのエピソードをもとに、馬のその後を追い、荒野に暮らす貧しい父娘の最期の6日間を描き出す。ジム・ジャームッシュ、ガス・バン・サントをはじめとした世界の映画人がタル・ベーラ作品から多大な影響を受けたことを公言しているが、日本においても音楽家の細野晴臣氏、作家の堀江敏幸氏らが本作にコメントを寄せているほか、俳優の西島秀俊が絶賛し、画家の横尾忠則氏がツイッターで感想を投稿するなど各方面で反響を呼んでいる。
高橋教授は、ニーチェの後期の主著「ツァラトゥストラはこう語った」の重要なキーワードの一つである「神は死んだ」という言葉は「世界をあらしめる決定的な要因が失われてしまった世界。偶然性や不規則性に支配されてしまい、何事もが決定不可能で、何一つとして確定的なことがあり得ない世界」だと説明。そして「17世紀以降の近代社会においては、この世界を決定する最大の要因として神に当たる地位を占めていたのは人間。『神の死』というのは、神と共に人間も否定された世界だと思う」と持論を述べる。
本作劇中では、いつ止むとも知れない風が吹き荒れ、世界の終末を感じさせる不穏な雰囲気を演出している。高橋教授は、この“風”について触れ、ドイツの思想家バルター・ベンヤミンが自殺後残した「歴史の進歩の強風が絶えず我々の世界に吹いている。この世界に救済をもたらす天使が強風によって先へ先へと送りだされ、世界には廃墟だけが残る」という遺稿からの抜粋を紹介し、ニーチェの後期思想のもうひとつのキーワードで、19世紀の社会への批判として出された「永遠回帰」と反復の関係を解説。「『神の死』と『永遠回帰』の連関を考えていくことで、タル・ベーラ監督のメッセージのひとつが見えてくるのではないか、また3月11日以後を生きている我々にとっても重要な問題として受け止められなければいけない」と締めくくった。
「ニーチェの馬」は公開中。
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