ニール・ジョーダン審査委員長、第23回東京国際映画祭を総括
2010年11月2日 16:35
[映画.com ニュース] ハリウッド・メジャーの大作から、作家性を前面に押し出したインディペンデント映画まで、ニール・ジョーダン監督は“守備範囲”が広い。第23回東京国際映画祭でコンペティション部門の審査委員長として、その多様性が選考にいかなる影響をもたらすかに注目していた。結果は、イスラエルのニル・ベルグマン監督が「僕の心の奥の文法」で、映画祭史上初となる2度目の東京サクラグランプリを獲得。日本最高齢・新藤兼人監督の「一枚のハガキ」が、審査員特別賞に輝いた。4人の審査委員と議論を尽くしたという、ジョーダン監督の9日間に迫った。(取材・文:鈴木元)
「ハードワークだった。疲れたよ」
開口一番、ジョーダン監督は自ちょう気味な笑みを浮かべた。
東京国際映画祭は、「狼の血族」が第1回(1985年)のヤングシネマ’85に出品されて以来の参加。過去に映画祭で審査員を務めたことはあるが、初めて委員長という重責を担ったのだから、その苦労は計り知れない。
「私は、自分の映画を映画祭のサーキットに乗せようと考えたことがない。ハリウッドの大作もつくれば、本当に低予算の作品もつくっているけれど、映画祭から映画祭へ渡り歩いた経験もないんだ。今回は依頼を受けて、映画祭がどういうものであるかをもっと知りたいという気持ちになった。東京は、場所的にも素晴らしいところだからね」
コンペには、イタリアの29歳コンビによる初監督作から、98歳の新藤監督の新作まで、新人、ベテランを織り交ぜた幅広いジャンルの15本が選出された。まさに映画漬けの日々となり、他の審査委員とも積極的に意見交換をしたという。
「非常にバラエティに富んでいて、いろいろな映画作家の視野を見せてもらえた。でも、審査委員はほとんど昼食と夕食が一緒だから、映画を見た後は、食事のおいしさを判断しているのか、映画を判断しているのか分からなくなるくらいだった。特に1日に3、4本見たときには、それぞれに必ず1回は情報をすり合わせないとごちゃ混ぜになってしまうからね」
映画監督として、“同業他者”を評価するのは難しいもので、それは審査委員の日本の根岸吉太郎、韓国のホ・ジノ両監督も同様だったのではと推察する。それだけに、最終の審査会はさまざまな議論が交わされた。
「全員がこれは、という際立った映画が4、5本あった。その中から、役者がうまいとか、監督の意図がよく分かるなどの観点から、いろいろと議論をしなければいけないという3本を残した。審査をしていて、自分が審査される側に立った場合、あのシーンまでは良かったのに、その後が弱くなっていくんだよなあ、なんて評価されることになるのだろうなという気持ちになったよ」
その中で、グランプリに選んだのは「僕の心の奥の文法」。ベルグマン監督はデビュー作「ブロークン・ウィング」で2002年に東京グランプリ(当事)を射止めており、今回が長編2作目。なんと、グランプリ獲得率10割。だが、自身の決断には迷いはなかった。
「(私見として)ベルグマン監督の作品を見るのは初めてだったが、自然な資質とでもいうべきものが魅力的だった。強いインパクトをもった物語で、最後から3分の1あたりで少しぐらつきが感じられたが、結末が非常にいい終わり方だった。全体として、最も自分に訴えかけてきた作品」
さらに、ジョーダン監督にとって何よりも印象深かったのは、新藤監督との出会いだったかもしれない。16歳のころ、ダブリンの映画館で「鬼婆」と「本能」を見たことがあり、その後の作家、監督人生に大きな影響を与えたと公言する。「リメイクしてもいい」と言うほどの敬愛ぶりで、対面が本当にうれしかったのか、話す合間に鼻歌が交じるようになった。
「授賞式のステージで、とても短かったけれど話す機会がもてた。審査委員としては見るからには、期待にかなう映画であるかとても心配していたが、とても美しい映画でした。本当に良かった」
大役を務め上げた安ど感と充実感が、柔和な表情ににじむ。収穫も多かった9日間のようだ。
「これからは、自分の作品に関してより厳しく批判的になるだろうね。いい経験をさせてもらった。次に脚本を書くときには、今回の4人がどういう気持ちで読むかを考えながら書くことになるだろうね」
現在は新作の編集中で、東京滞在中も仕事の合間を見て作業を続けていたという。ならば完成の暁には、ぜひ東京国際映画祭でワールドプレミアを、と水を向けると「I HOPE SO!」と期待を持たせる言葉で締めくくった。
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