劇場公開日 2024年5月17日

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「関係者を介在させるとろくなことはありません」ボブ・マーリー ONE LOVE クニオさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5関係者を介在させるとろくなことはありません

2024年5月20日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

単純

寝られる

 レゲエのシンガーソングライターであったボブ・マーリーは名前だけは有名で、でも私も含めレゲエに入り込む程ではない身には、その有り様は殆ど知りません。ひたすらドレッドヘアを振り回すイメージしか持っていません。しかし音楽ソフトの推定売上枚数は世界中で7,500万枚を超えと言われるから、その伝記映画も登場して当然でしょう、なにしろ36歳の若さで没しているのですから、さぞドラマチックだろうと。

 ところがどうでしょう、期待した映画は、起きた事象をなぞって再現するだけで、なんともつまらない! エピソードの描き込みがまるでなってない、ド素人の様相ですよ。音楽の力、愛の力、政争へのコミット、作曲への意志、妻との軋轢、ハーフゆえの苦悩、父への恨み、いくらでもポイントが転がっているのに、それをドラマに昇華出来ないとは。「ドリームプラン」のレイナルド・マーカス・グリーン監督、いったいどうしちゃったの?

 本作の上映直前に、なんとボブの息子がスクリーンに登場し「偉大な父を描くため、私は毎日撮影に立ち会いました、ぜひお楽しみください」なんて挨拶映像が流れました。私はこれを見て悪い予感が瞬時に走りました。映画の後に調べましたら、息子(長男)だけでなく、ボブの妻も参加していたとか。本作が凡庸になった原因はこれですね。魅惑の偉人を描くのに、ご本人の良いも悪いも描いてこそ人物が浮かび上がるはず。本作を観れば一目瞭然、ボブのネガティブな描写は一切ない、常時、妻と息子が見学に来ていれば描きようがないでしょウィークポイントなりダークサイドを。

 近年、20世紀末のミュージシャンを主役に据えた映画化が頻繁ですが、関係者の承諾の前提に口出し無用を明確にすべきは当然で、残念ながら悪しき例が本作と言わざるを得ません。指揮者の巨匠レナード・バーンスタインの映画「マエストロ」では主演のブラッドリー・クーパーに常時メイクで鼻を巨大化していてました。公開後一部からユダヤを厭らしく強調などの声に対し、本物の遺族が、制作側を擁護し鼻の巨大化はまさに父そのものと言い切ったとか。

 主演のキングズリー・ベン=アディルは歌唱も含め大活躍なのは確かですが、そうであればある程、レゲエの本質から乖離するように見えてしまう。要するに容姿がイケメン過ぎる、キレイ過ぎるのですね。伝記映画の宿命でご本人よりもスターが演ずる以上、美男美女になってしまうのはやむを得ない。ですが、彼を取り巻く人々の雰囲気から明らかに逸脱していますね、カッコよすぎなのですよ。魂が浮かんでこないのです。ひょっとすると、前述の遺族のご意向でイケメン選定となったかも。

 こんな映画を観れば、帰ってからレゲエでも聞こうかとなるべきなのに、私が聞きたくなったのは「エクソダス 栄光への脱出」1960年のサウンドトラックですよ。アーネスト・ゴールドの壮麗なフルオーケストラをしかも聴き所まで示してましたでしょ。

クニオ